原子力基本法改正 「こっそり軍事利用へ」という誤報と、その責任

執筆者:原英史 2012年6月22日
エリア: アジア

 

 原子力規制委員会設置法案が6月20日の参議院本会議で成立した。
 もともと、政府は、環境省の部局として「原子力規制庁」法案を提案。これに対し自民・公明両党が、独立性の高い「原子力規制委員会」法案を提出。民主・自民・公明の3党協議の結果、自公案に近い形で合意。その後は、実質わずか4日間で、衆参両本会議で可決成立に至った。
 
 ところが、成立した翌21日になって、東京新聞でこんな見出しの記事が出た。
「『原子力の憲法』こっそり変更
付則で『安全保障』目的 軍事利用への懸念も」
 
「民主・自民・公明の3党で密室合意」というプロセスに何となく胡散臭さを覚えていた人たちに、「やはりそんな陰謀があったか」と思わせるには十分な内容。
 その後、テレビや他紙でも、同様の後追い報道が続いた。
 
 だが、記事の内容は、率直にいって、ほとんど誤報といってよいぐらいのレベルで、曲解だらけだ。
 
1)まず、記事では、原子力規制委員会設置法の「付則」で、「こっそり」原子力基本法を改正したことが大問題とされている。
 
 だが、これは別に、「こっそり」とかいった類の話ではない。
 もともと、原子力基本法には、「内閣府に、原子力委員会及び原子力安全委員会を置く」という規定がある。今回、原子力安全委員会を廃止し「原子力規制委員会」を設置する上で、当然、この基本法も変えないといけない。
 こういう場合、いちいち個別に改正法案を出すのでなく、付則で改正するのが、ふつうのやり方だ。
 
2)また、記事では、原子力利用の目的に「安全保障」が追加されたかのような印象で、少なくとも読者の多くはそう理解したと思うが、これは事実と反する。
 
 今回の改正で、原子力基本法第2条の「原子力利用は平和目的に限る」という規定は、変更されていない。
 
 いちおう条文で示しておくと、以下のとおり。
 
<現行の原子力基本法>
(基本方針)
第2条 原子力の研究、開発及び利用は、平和の目的に限り、安全の確保を旨として、民主的な運営の下に、自主的にこれを行うものとし、その成果を公開し、進んで国際協力に資するものとする。
 ↓
<今回の改正後の原子力基本法>
(基本方針)
第2条 原子力利用は、平和の目的に限り、安全の確保を旨として、民主的な運営の下に、自主的にこれを行うものとし、その成果を公開し、進んで国際協力に資するものとする。
(注:「原子力利用」は「原子力の研究、開発及び利用」を読み替えただけで同義)
2 前項の安全の確保については、確立された国際的な基準を踏まえ、国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的として、行うものとする。
 
条文をきちんとみれば、「原子力利用は平和目的に限る」という点が何ら変更されていないことは明らかだ。
 
第2項を加えたのは、ふつうに見れば、従来の「基本方針」が“推進”に偏って規定されていたので、“安全規制”の方針も加えた、ということだろう。
 
3)問題は、追加された第2項で出てくる「安全保障」という言葉だが、条文から明らかなとおり、これは、「安全の確保」(安全規制)に関する話だ。
 
つまり、安全規制を行う上で、「国民の生命、健康及び財産の保護」「環境の保全」とともに、「安全保障」を目的とし、例えば核物質が他国に流出して軍事利用される危険性などにもきちんと目配りして規制する、といった文脈だ。
これは、大いに結構なことで、原子力の軍事利用に舵をきるといった話とは無関係だ。
 
「原子力利用の目的」は第1項、「安全規制の目的」は第2項と書き分けてある以上、この部分をどう引っ繰り返して読んでも、「軍事利用の懸念」にはつながらない。
 
 ちなみに、この「安全保障」という言葉は、今回の改正法で、付則ではじめて出てくるわけでもない。
原子力規制委員会設置法の第1条に、
「(原子力規制委員会は)国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的とする」
と、全く同じことが書いてある。
 
 東京新聞の記事は、「修正協議で、付則のわかりにくいところに、こっそり『安全保障』という語をもぐりこませた」と言いたげだが、もともとの自公案で、初っ端に堂々と「安全保障」と書いてあるのだから、問題提起が必要と考えるなら、もっと早く指摘しておけばよかっただろう。
 
 以上のとおり、今回の報道は、相当程度、誤解に基づくもの(あるいは、誤解でないとすれば、分かっていながら、わざと批判を目的としたもの)でないかと思う。
だが、誤解を非難することが本稿の意図ではない。
 
むしろ、誤解を招いた側の問題が重大だ。
 つまり、民自公3党の水面下の修正協議で話をつけ、合意ができたら国会では短時間の審議で一気に成立、というプロセスだ。
 原子力規制のあり方という、国民にとっての重大問題である以上、3党合意ができたら良しというのでなく、修正後の法文について、公開の国会審議の場で、もっとしっかり時間をかけて議論すべきだったのでないか。
 そうすれば、こうした誤解も、成立に至る前に解消できたはずだ。
 
 同様のことが、一体改革法案でも起きかねない状況であるだけに、問題指摘しておきたい。
 
(原 英史)
 
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執筆者プロフィール
原英史(はらえいじ) 1966(昭和41)年生まれ。東京大学卒・シカゴ大学大学院修了。経済産業省などを経て2009年「株式会社政策工房」設立。政府の規制改革推進会議委員、国家戦略特区ワーキンググループ座長代理、大阪府・市特別顧問などを務める。著書に『岩盤規制―誰が成長を阻むのか―』、『国家の怠慢』(新潮新書)など。
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