政治をゼロから考える (7)

デモは何のためにやるのか

執筆者:宇野重規 2012年10月9日
エリア: アジア

質問 「デモとは何のためにやるのですか」


 最近、デモがよく話題になります。首相官邸前における反原発デモの強い印象が醒めやらぬうちに、今度は中国で、尖閣諸島問題をきっかけとする反日デモが起きています。その熱気を見るたびに、何がこのようなデモを突き動かしているのか、そして、このようなデモにはたしてどんな意味があるのかと考えさせられます。
 ある人は、デモとは直接民主主義の現れだといいます。本来、国民の意志を反映すべき議会がその役割をはたしていない(もしくは、そもそも民主的な選挙に基づく議会が存在しない)以上、人々が自らの意志を政治的に表明する機会としてデモの役割は大きいというわけです。
 これに対し、民主主義における意志決定の場はあくまで議会だという人もいます。人々の意見を目に見えるかたちで示すという意味ではデモが有効だとしても、具体的に議論を煮つめていくにはやはり、投票や議会内の討論こそが重要だといいます。
 この両方の意見に、それぞれもっともな部分はあります。とはいえ、デモといっても多様です。筆者の個人的な思い出話を少しさせて下さい。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
宇野重規(うのしげき) 1967年生れ。1996年東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。東京大学社会科学研究所教授。専攻は政治思想史、政治哲学。著書に『政治哲学へ―現代フランスとの対話』(東京大学出版会、渋沢・クローデル賞ルイ・ヴィトン特別賞)、『トクヴィル 平等と不平等の理論家』(講談社、サントリー学芸賞)、『〈私〉時代のデモクラシー』(岩波新書)、共編著に『希望学[1]』『希望学[4]』(ともに東京大学出版会)などがある。
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