異色の安倍側近「菅義偉」が仕掛ける政権浮揚

執筆者:本田真澄 2007年3月号
エリア: アジア

役に立たないか、余計な放言をしまくるか――安倍内閣や周辺が惨状を呈する中で、何やら策動する男。果たしてその腹の中は……。

「塩崎(恭久官房長官)や世耕(弘成首相補佐官)が『チーム安倍』とか言ってはしゃいでいるが、本気で安倍を支える覚悟があるのは俺と菅ちゃんだけだ」
 山本有二金融担当相は最近、親しい関係者にこう漏らし、支持率低下が著しい安倍政権の先行きを案じたという。山本氏と菅義偉総務相(五八)は昨年九月の自民党総裁選で、安倍晋三応援団の中核となった派閥横断組織「再チャレンジ支援議員連盟」を作った盟友の間柄。「自分たちこそ安倍側近」との思いが強いだけに、低落する政権支持率を前にまともな浮揚策も講じられない「エセ安倍親衛隊」に腹立たしさを募らせていることは想像に難くない。菅氏も思いは同じようで、総務省関係者は「大臣は言葉にこそ出さないが、今の官邸には政治を動かす知恵も力もないと冷ややかに見ている」と話す。
 いま霞が関では、官邸のていたらくを見かねた菅氏が年明けから政権浮揚に動き出したとの見方が広がっている。総務相の所管は、地方自治、IT(情報技術)、郵政、放送行政と多岐にわたる。加えて菅氏は、佐田玄一郎行政致革担当相の辞任で地方分権改革担当も兼務するだけに、安倍政権の改革イメージを修復するための「手駒の使い方」(総務省関係者)に思案を重ねているという。

海外でぶち上げた構想の狙い

 菅氏にとって格好の舞台となったのが、一月上旬から中旬にかけてのベトナム、インドネシア、インドへの外遊だった。表向きの名目は各国とのICT(情報通信技術)分野での協力の推進だったが、菅氏はここで安倍政権の立て直しを企図し、二つのアドバルーンを上げた。
 まず、一月十日にジャカルタでの記者懇談会で発言したNHK受信料の二割値下げ。今国会に提出する放送法の改正案には受信料の支払い義務化が盛り込まれており、その「前提」として、NHKに受信料の二割値下げを事実上迫る内容だ。
 続いて十三日、今度はインド・チェンナイで、総務、経済産業、文部科学の各省と内閣府に分かれている情報通信部局を統合し「情報通信省」を創設する構想をぶち上げた。政府が経済財政諮問会議を使って六月にとりまとめる「骨太の方針」に盛り込むという。三日前と同じく事前に知らせたのは安倍首相周辺だけで、総務省には「寝耳に水。完全に政治的なアクションだった」(ある幹部)。
 経産省の北畑隆夫事務次官は直後の会見で「規制も振興も一緒にして巨大官庁を作るのは古いやり方」「情報通信産業の国際競争力が育たないのは総務省の仕組みに問題があるから」と猛反発。しかし、安倍首相はすぐさま「役所は国民のためにあるのであって、状況の変化に常に対応できるか考えないといけない」と菅氏の発言を支持する考えを示した。
 この首相発言を聞いた経済官庁幹部は「ふたりの親密さを象徴する出来事」と解説する。実は、菅氏は昨秋の組閣に際し、安倍首相から早い時期に総務副大臣から総務相への昇格を知らされていた。官邸で安倍首相と会う回数を競っている補佐官とは違い、菅氏はいつでも携帯電話で直接連絡できる間柄だ。
 また、この経済官庁幹部は、安倍政権が今後、夏の参院選に向けた改革イメージの象徴として省庁再々編や官僚叩きをクローズアップしてくる可能性を指摘した。そのうえで「政権内でも影が薄い大臣(甘利明氏)を頂く経産省は解体論も含めて狙い撃ちにされるかもしれない」との見方を示した。実際、塩崎官房長官は菅発言に絡んで「行革から約十年がたった。色々やり残したこともあるし、変えなくてはならないところも当然出てきている」と指摘。故橋本龍太郎元首相による行革の際に「ひとり安全地帯に逃げ込んだ」と批判された経産省が再々編論議で大きなテーマになることを暗示した。
 その背景には、安倍政権が考える内閣府の強化がある。今の内閣府は旧経済企画庁のエコノミスト官僚と旧総理府の寄り合い所帯で弱体。安倍政権はホワイトハウス型の官邸主導体制の確立に向け、「仕事がない割に優秀な人材をたくさん抱えている」(他省庁幹部)と言われる経産省の官僚を内閣府に取り込み経済財政諮問会議の実務の仕切りなどをさせる構想を温めているとみられる。「結局、官僚に取り込まれるのではないか」(与党関係者)と懸念する声もあるが、隙を見ては諮問会議を含めた政権の政策運営を実質的にコントロールしようとする財務官僚に対抗し、上げ潮路線の「アベノミクス」を進めるためには、「経産官僚の有効活用しかない」との考えが政権内で強まっているという。
 その議論の火蓋を、日本のICTの国際競争力推進という名目で巧みに切ったのが菅氏だった。経産省をめぐっては、このほかにもWTO(世界貿易機関)新ラウンド対応など対外通商政策の一元化を名目に通商政策局を外務省や農林水産省の国際経済担当部局と統合して日本版USTR(米通商代表部)にする構想や、外局の資源エネルギー庁を環境省と統合してエネルギー・環境省にする構想なども浮上している。
 菅氏の政権浮揚の仕掛けはこれだけに止まらない。最近、霞が関で囁かれる竹中平蔵前総務相の復権観測も元をたどれば菅氏に行き着く。菅氏がぶち上げた情報通信省構想も元々は竹中氏が提唱したものだ。

「竹中カード」を使うか

 安倍政権は発足にあたり、竹中氏を「小泉前首相の色が強過ぎる」(官邸筋)と外した経緯がある。しかし、諮問会議の舞台回し役として経済財政担当相に起用した大田弘子氏の力不足は明白。企業向け減税論議で抵抗する財務省との改革バトルを期待して強引に政府税制調査会長に指名した本間正明大阪大大学院教授も「ケチな女性問題」(官邸筋)で退場する中、「菅氏は総理に対し『局面を打開するために竹中氏を効果的に使うべき』と進言した」(霞が関筋)とも言われている。
 菅氏は総務相就任直後から「竹中カード」を意識していたフシがある。竹中批判が高まっていたにもかかわらず、「竹中前総務相の改革路線をしっかりと仕上げたい」などといった発言をしている。竹中氏も、通信・放送改革などで副大臣として自民党(特に片山虎之助参院幹事長)との調整に骨を折ってくれた菅氏に感謝している面があり、その後も連絡はできる関係にあるようだ。
 菅氏は竹中路線の踏襲を鮮明にしている。昨年末に発足させた大臣直轄の「通信・放送問題タスクフォース」は、竹中氏が総務相時代にNTT分割論やNHKの抜本改革を提起する舞台に使った「通信放送懇談会(通称・竹中懇)」の後継組織。メンバーに、竹中懇の座長を務めた松原聡東洋大教授や竹中氏の秘書官だった岸博幸慶応大デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構助教授を起用しており、「竹中氏との『連絡機関』としても使える」(総務省関係者)。
 タスクフォース設置の主な狙いは、政治的にも軋轢が生じそうなNHK改革案を出すことだとみられる。審議会と違い、報告が出ても世論の反発があれば無視することも可能で、菅氏にとっては便利な存在である。また、メンバーの松原氏は「二〇〇六年から始まった改革は今までの総務省の行政の枠を超える」とも述べており、菅氏が省庁再々編の突破口にと狙う情報通信省構想の旗を振る役割も担いそうだ。
 また、菅氏は地方自治行政でも一月末に総務相の諮問機関として「債務調整等に関する調査研究会」(座長・宮脇淳北海道大学公共政策大学院院長)を設置。自治体の借金を減免する債務調整の枠組みを検討することで、竹中前総務相が積み残した課題だった地方自治体の抜本的な財政再生策作りに着手した。この研究会の答申は四月発足予定の「地方分権改革推進委員会」に引き継がれる。
 こうした数々の仕掛けが、竹中氏に安倍政権浮揚への協力を求める秋波とみるのは穿ちすぎだろうか。
 二世、三世の世襲議員が多い首相側近の中にあって、菅氏は異色の存在だ。秋田県湯沢市の農家に生まれ、地元の高校卒業後、集団就職で上京。ダンボール工場勤めや築地市場の台車運びなどをしながら法政大学を卒業し、故小此木彦三郎元通産相の秘書など下積み時代を経て、一九九六年に衆議院議員になった。したたかなのは、「苦労人」のイメージをさりげなくアピールし、シンパを形成していることだ
 再チャレンジ議連の論功行賞もあったとはいえ、当選四回で諮問会議のメンバーでもある重要閣僚の総務相に抜擢されたのは、安倍首相が「忠誠心と経歴に裏打ちされた政治的な馬力を高く買ったため」(自民党幹部)といわれる。「今の政界には優秀な人はいっぱいいるが、最後になって逃げる人が多い」と喝破する菅氏が安倍政権の立て直しにどこまで力を発揮できるか。菅氏はとにかく行動が早く、「竹中時代以上のトップダウンの行政に付いていくのが大変」(総務省幹部)との声もある。NHKに対する命令放送問題でも示したごとく強権発動も辞さない凄味も持つだけに、霞が関はその動向に神経を尖らせている。

カテゴリ: 政治 経済・ビジネス
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