「意地」より「実利」を選択:金正恩氏「訪露ドタキャン」の背景

平井久志
執筆者:平井久志 2015年5月1日

 ロシアのペスコフ大統領報道官は4月30日、モスクワで5月9日に開催される対ドイツ戦勝70周年記念式典に、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)第1書記は出席しないと発表した。同氏は「金正恩氏は平壌に残ることを決め、出席できないと外交ルートを通じて伝えてきた。(北朝鮮の)国内事情に関係して決定された」と語った。
 金正恩第1書記のロシア訪問はほぼ確実との見方が強まっていただけに、記念式典の10日前のドタキャンの背景に何があったのであろうか。
 筆者は本サイトの「『金正恩訪ロ』『国連決議』『暗殺映画』:岐路に立つ北朝鮮」(2014年12月26日)で「現時点では、金正恩第1書記が最初の外国訪問としてロシアを訪問する可能性は低いと考える」と記した。筆者は外交経験のない金正恩第1書記が最初の外国訪問を今回のようなマルチの外交舞台にすることはリスクが大きく、最初の訪問国をロシアにすることは中朝関係にもマイナスになることなどを理由にその可能性は低いと指摘した。北朝鮮の過去の外交手法や、北朝鮮が現在置かれている状況を考えれば、金正恩第1書記がロシアを訪問するのは得策ではなく、北朝鮮にとってはマイナスであるとしか思えなかったからだ。
 北朝鮮側から、金正恩第1書記がロシア訪問を決定したという確定的な発表はなにもなかった。しかし、ロシアなどからロシア訪問を既成事実化する情報が相次いだ。
 北朝鮮の玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)人民武力部長と盧斗哲(ロ・ドゥチョル)副首相は4月13日にそれぞれ平壌を出発した。2人とも金正恩第1書記のロシア訪問についてロシア側と協議したとみられた。
 ロシアのショイグ国防相は4月15日、玄永哲人民武力部長と会談し「金正恩第1書記が5月9日の対ドイツ戦勝記念式典に出席するためロシアを訪問することを心待ちにしている」と語った。
 さらに、ロシアのウシャコフ大統領補佐官は4月22日、金正恩第1書記のロシア訪問について「北朝鮮側とのさまざまな接触の結果、金正恩氏がモスクワを訪問する意向であることを確認した」と述べた。事実上、ロシア側が金正恩第1書記のロシア訪問を確認した発言だった。
 ボイス・オブ・アメリカ(VOA)によると、ホベルト・コリン駐平壌ブラジル大使は4月27日にVOAへの電子メールで「駐北朝鮮ロシア外交官から金正恩氏が招待を受諾したという事実を確認した。ロシアの外交官たちは、金正恩氏の訪ロに向けて慌ただしく動いている」と明らかにした。
 さらに韓国の情報機関、国家情報院は4月29日に開かれた国会情報委員会でのブリーフィングで「ロシアを訪問する可能性が高い」と述べた。
 実は、筆者も自分自身の予見が外れたかと思った。北朝鮮に近い消息筋は「金正恩第1書記のロシア訪問はほぼ確実で、現時点の関心事は行くか行かないかでなく、李雪主(リ・ソルジュ)夫人の同伴があるかどうかだ」と述べたからだ。

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執筆者プロフィール
平井久志
平井久志 ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。
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