テロリストの誕生(13)襲撃の朝

国末憲人
執筆者:国末憲人 2015年7月24日
エリア: ヨーロッパ 中東

 クアシ兄弟のうちフランス・シャンパーニュ地方ランスに住む兄サイード・クアシは、相変わらず定職を見つけられないでいた。移民家庭の出身であること、学歴にも技術にも乏しいこと、イスラム原理主義に固執した生活スタイルに加え、視力が弱いことも、就職の障害となっていた。することがなく、1日中ゲームで時間をつぶすこともあった。妻のスミヤ・ブアルファも持病を抱え、働きに出られなかった。しかし、一家が暮らす低所得者向けアパルトマンで、そのような境遇は特に珍しいわけでもなかった。

 1月7日、サイードはよく眠れぬまま朝を迎えた。興奮していたわけではない。前日の6日、一家そろって食中毒に見舞われたからだ。

 妻スミヤも、2歳の子どもも、みんな当たって寝込んでしまった。サイード自身も、6日の日中をベッドの上で過ごした。健康状態を心配した弟のシェリフが電話をしてくるほどだった。サイードは、夜になっても嘔吐を繰り返していた。

 7日朝、しかしサイードは予定を変更しようとしなかった。『ルモンド』紙によると、彼は寝ている妻を起こし、外出を伝えた。「今晩か明日には戻る」という言葉を妻スミヤは覚えている。もちろん、彼は2度と帰って来ないのだが。

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執筆者プロフィール
国末憲人
国末憲人 1963年生れ。85年大阪大学卒。87年パリ第2大学新聞研究所を中退し朝日新聞社に入社。富山、徳島、大阪、広島勤務を経て2001-04年パリ支局員。外報部次長の後、07-10年パリ支局長を務め、GLOBE副編集長、本紙論説委員のあと、現在はGLOBE編集長。著書に『自爆テロリストの正体』(新潮新書)、『サルコジ―マーケティングで政治を変えた大統領―』(新潮選書)、『ポピュリズムに蝕まれるフランス』『イラク戦争の深淵』(いずれも草思社)、『ポピュリズム化する世界』(ダイヤモンド社)、共著書に『テロリストの軌跡―モハメド・アタを追う―』(草思社)などがある。
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