経済の頭で考えたこと
経済の頭で考えたこと(78)

TPPの核心とは何か:「国内市場の逼塞」を超えて

田中直毅

 おもに人工知能の開発者たちが使い始めている用語だが、脳の機能はゴースト(ghost)とドリーム(dream)とに分けられるのだという。ゴーストとは幽霊ではなく、幽霊のようにつきまとって離れないような、それまでに身につけてきた認識枠組みとでもいうべきものだ。これに対してドリームとは、もし一部に知覚上の欠落があったとしても、全体像を構成するために、欠落部分を架橋で補うような意識作用を指す。
 こうした脳を通ずる作用によって脈絡づけ(=コンテクストcontext)が行われ、その結果として、ものの見方が定着するという。ゴースト、ドリーム、コンテクストと重ねることにより、固定的な、あるいは安定的な認識枠組みが成立するに至る。
 しかしこれだけでは変革は生まれない。脈絡づけに大きな変革をもたらすための要因として想像力があるはずだ。ゴーストを冷静に認識できれば、変革への道筋も浮かび上がる可能性がある。想像力を鍛えることの意味はここにあるはずで、意識的な認識の組み換えという営為もここに発する。

コメと関税に関する「認識枠組み」

 TPP(環太平洋経済連携協定)の大筋合意後の世界を考えるに当って、ゴースト、ドリーム、コンテクストという認識にかかわる道具立ては極めて有効なように私には思える。現実を認識する枠組みはそれなりに、或いは決定的なほど固定的で、打ち破ろうとしてもまったく容易ではないのが通常だ。しかしいくつかの偶然が重なるなかで、コンテクストの変革が起きることはある。TPPの大筋合意が刺激するものはこれに当るのではないか、ということで話を進める。
 これまで関税ゼロの社会を考えることは、単なる空想でしかなかった。日本は関税自主権のないままに国内市場の開放を強制された。そのままでは産業近代化のための政策実施もできないと自らをとらえた明治政府の高官たちにとって、関税自主権の回復は、自国の文化に対するプライドをたとえ損なうことがあっても目指さねばならない目標であった。第2次大戦後も最初の20年間については、関税に守られた諸産業の欧米のそれへのキャッチ・アップ過程として描き出すことがこれまでの常であった。
 直近の日本の政治経済史におけるゴーストは、農産品の関税ゼロが強いられるならば、日本の農村は崩壊し、社会不安はとめどもないため、たとえ隣国の韓国がFTA(自由貿易協定)の網の目を世界に張りめぐらす努力を続けても、日本はこれに追随しないという固定化した認識構造だった。このゴーストはウルグアイ・ラウンドのコメ開放というテーマ設定のなかで更に強固なものになったとさえいえよう。

執筆者プロフィール
田中直毅
田中直毅 国際公共政策研究センター理事長。1945年生れ。国民経済研究協会主任研究員を経て、84年より本格的に評論活動を始める。専門は国際政治・経済。2007年4月から現職。政府審議会委員を多数歴任。著書に『最後の十年 日本経済の構想』(日本経済新聞社)、『マネーが止まった』(講談社)などがある。
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