現実味を帯びてきた中国の「新・海陸シルクロード」計画

樋泉克夫

 最近、幕末から明治期に中国を歩いた日本人の体験記を集中的に読んでいるが、当時の人々の視点を通して現在を考えることの面白さを感じている。

 たとえば明治前半、日本人が行く先々の街、それも北京とか上海などの大都会のみならず沿海部の地方都市でも、すでに10年も20年も住みつき中国人社会に溶け込み、中国語を自由に操るイギリス、フランス、ロシア、アメリカ、プロシャ人などの商人や宣教師がいたこと。明治も半ばを過ぎる頃になって初めて内陸部に足を踏み入れるようになる日本人が知ったのは、安くて頑丈であるからとドイツ製品が尊ばれていたこと。前者でいうなら、こと近代の中国進出に関しては日本は欧米列強に較べ後発組であったこと。後者は現在の中国とドイツの経済関係を暗示しているようにも思える。加えるなら、現在の日本で見られる中国批判の“原型”が、すでに見られていた――などである。

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執筆者プロフィール
樋泉克夫 愛知県立大学名誉教授。1947年生れ。香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士課程を経て、外務省専門調査員として在タイ日本大使館勤務(83―85年、88―92年)。98年から愛知県立大学教授を務め、2011年から2017年4月まで愛知大学教授。『「死体」が語る中国文化』(新潮選書)のほか、華僑・華人論、京劇史に関する著書・論文多数。
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