大震災5年後の被災地 「飯舘村」住民の苦闘(下)「安全」は確保されたのか?

寺島英弥
執筆者:寺島英弥 2016年2月25日
エリア: 日本

「実証事業(居久根に関わる除染実験)をしたい」と環境省福島環境再生事務所から比曽行政区に話があり、それが実施されたのは昨年10~11月だ。ただし、菅野義人さんによると、「これでは、とても帰還などできない。再除染をしてもらいたい」という行政区の度重なる要望に応えたものではなく、事務所側は「(同じく放射線量が下がらないとの声が上がった)他の地区からつつかれるので、おおっぴらにしないで。事前にマスコミに出さないで」と要請し、「確認し合ったことを文書にしてほしい」という行政区の求めにも応じず、実施日も明らかにしないという異例の措置だった。
 実施の個所については行政区から、除染後の検証測定で玄関側と居久根側の放射線量の差が大きい家々の中から3戸を選んで要望した。それらの測定値は、A宅:玄関側0.72マイクロシーベルト、居久根側2.7~3.1マイクロシーベルト、B宅:玄関側0.61マイクロシーベルト、居久根側3.1~4.7マイクロシーベルト、C宅:玄関側1.12マイクロシーベルト、居久根側5.9~7.4マイクロシーベルト。いずれも極端な差があり、政府による「年間20ミリシーベルト以下」という避難指示解除要件の毎時単純換算の数値をはっきりと超えていた。 

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執筆者プロフィール
寺島英弥
寺島英弥 河北新報編集委員。1957年福島県生れ。早稲田大学法学部卒。東北の人と暮らし、文化、歴史などをテーマに連載や地域キャンペーン企画に長く携わる。「こころの伏流水 北の祈り」(新聞協会賞)、「オリザの環」(同)、「時よ語れ 東北の20世紀」など。フルブライト奨学生として2002-03年、米デューク大に留学。主著に『シビック・ジャーナリズムの挑戦 コミュニティとつながる米国の地方紙』(日本評論社)、『海よ里よ、いつの日に還る』(明石書店)。3.11以降、被災地における「人間」の記録を綴ったブログ「余震の中で新聞を作る」を更新中。
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