ヨーロピアン・ラプソディ
ヨーロピアン・ラプソディ(1)

「パリ同時テロ」3カ月:モレンベークで広がった亀裂

大野ゆり子
執筆者:大野ゆり子 2016年3月7日

 住んでみるとわかるが、ブリュッセルでタクシーに乗ると、運転手がモロッコ系ベルギー人の男性である確率が高い。TGV(高速列車)が発着するミディ駅から私がタクシーに乗ったときは、20代のモロッコ系男性が運転する車だった。
 私が日本人だとわかると、彼はすっかり気を許して話し出した。「聞きました? 警察と軍隊の不正の話。ブリュッセルの警戒レベルが最高に引き上げられて、地下鉄が閉鎖された、まさにあの最中にですよ、モレンベークに近い警察署で、婦人警官と軍隊の男たちが、乱痴気騒ぎをやっていたっていうんだから、まったくあきれた“連中”ですよ」
 この話は、ニュースでも聞いていた。ブリュッセルが非常事態となった11月の2週間、軍隊はモレンベークに近い警察署に寝泊まりして警戒にあたっていたが、その最中に、婦人警官2人と兵士が飲酒をし、不適切な行為をしたらしいという疑惑を、ベルギーの地元紙が特ダネとして報じ、それをきっかけに、警察が内部調査に乗り出している話だ。
 この話が事実か、ということよりも私が気になったのは、彼が“連中”という言葉に込めた激しさと憎悪だ。彼自身はここで生まれ、フランス語をネイティブとして話し、毎日おそらく一生懸命働き、ベルギーに税金を納めている善良な市民のはずだ。もちろん、テロリストとは何の関係もない。しかし話していくうちに、彼の同情が明らかに多くの同胞(モロッコ系移民)が住むモレンベークに寄せられていることがわかった。モレンベーク掃討作戦では、多くのモロッコ系移民が家宅捜査を受け、きびしい事情聴取を受けた人々も少なくない。“連中”は、自分たちモロッコ系を不当に差別する人間たちであり、「警察や軍隊」対「モレンベーク市民」という構図は、そのまま「ヨーロッパ人」対「われわれモロッコ系移民」と二重写しになることが透けてみえた。

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執筆者プロフィール
大野ゆり子
大野ゆり子 エッセイスト。上智大学卒業。独カールスルーエ大学で修士号取得(美術史、ドイツ現代史)。読売新聞記者、新潮社編集者として「フォーサイト」創刊に立ち会ったのち、指揮者大野和士氏と結婚。クロアチア、イタリア、ドイツ、ベルギー、フランスの各国で生活し、現在、ブリュッセルとバルセロナに拠点を置く。
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