逆張りの思考

あんこ菓子ハンターになった

執筆者:成毛眞 2016年5月19日
タグ: 日本
エリア: アジア

 こどもの頃からずっと敬遠してきた食べ物がある。大福餅やお汁粉に使われているあんこだ。デザートらしからぬ色、中途半端な香り、もっさりした口当たり。ほぼ同じ理由であんこは苦手だという外国人も多いようだ。
 この価値観が一変したのは2年ほど前のことだった。よく足を運ぶお座敷バーで、常連客の一人が持ち込んだきんつばのお裾分けをいただいたのだ。きんつばはまさにあんこの塊である。しかしその場でお断りするのも失礼だから、小指の先ほどを食べてみた。なんとそれがたいそう美味しかったのだ。還暦近くになってあんこの魅力を知ってしまった。
 突如としてこの甘味に目覚めてしまった私は、これまでの人生をあんことともに歩んでこなかったことを深く後悔した。
 ところが自宅近くの和菓子屋で買ったいちご大福は私を裏切ったのだ。ぜんぜんおいしくなかったのである。そこで、あるデパ地下に狙いを定め、出店しているすべての和菓子屋でありったけのあんこモノを買い求め、次々になぎ倒していった。あんこ菓子ハンターと化したのだ。
 ちなみに後の調査で私がバーでいただいたきんつばは、東京・半蔵門の名店・一元屋のものであったと判明した。
 最近はこのきんつばに加え、粟大福もお気に入りだ。クリではなく、アワである。出会いは自宅でのことであった。私があんこに目覚めたことを知っている妻が「これ、おいしいのよ」などと、小さな声でつぶやいている。私は挑発に乗った。
 それは確かにおいしかった。そこで和菓子紀の国屋という店のものであることを白状させると大量確保に走った。妻に今度は10個買ってきてよと懇願したのだ。
 しかし、紀の国屋の「あわ大福」は生和菓子である。しかも添加物を使っておらず消費期限はたったの1日しかない。そこで冷凍保存することにした。
 食べるときには冷凍した「あわ大福」を数十秒ほどチンして、フライパンで6面を丁寧に焼く。できたても美味しいけれど、粟餅がうっすらと焼けた香ばしさもたまらない。西洋菓子にはまったくない味と香りだ。日本人であることの幸せを感じる一時だ。
 じつはあんこを好きになる2年ほど前までは、生クリームにはまっていた。あんこ菓子ハンターになる前は、生クリーム菓子ハンターだったのだ。例によって、デパ地下に出店しているすべての洋菓子店でケーキを買って試していた。有名路面店に行けばもっと美味しいものに出会えたかもしれないが、どうにもコンプリート感を味わいたいらしくデパ地下についこだわってしまう。
 ともあれ、この甘味の変遷で気づいたことがある。生クリームにはまっていたときにはワインを飲んでいた。あんこに執着しているいまはバーボンなのである。

カテゴリ: 社会 カルチャー
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執筆者プロフィール
成毛眞(なるけまこと) 中央大学卒業後、自動車部品メーカー、株式会社アスキーなどを経て、1986年、マイクロソフト株式会社に入社。1991年、同社代表取締役社長に就任。2000年に退社後、投資コンサルティング会社「インスパイア」を設立。2011年、書評サイト「HONZ」を開設。元早稲田大学ビジネススクール客員教授。著書に『面白い本』(岩波新書)、『ビジネスマンへの歌舞伎案内』(NHK出版)、『これが「買い」だ 私のキュレーション術』(新潮社)、『amazon 世界最先端の戦略がわかる』(ダイヤモンド社)、『金のなる人 お金をどんどん働かせ資産を増やす生き方』(ポプラ社)など多数。(写真©岡倉禎志)。
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