「ケイコ・フジモリ」はなぜ敗れたか:ペルー大統領選

遅野井茂雄
執筆者:遅野井茂雄 2016年6月14日
カテゴリ: 国際 政治
エリア: 中南米

 その差0.24ポイント(4万2000票)という、まさに国を二分する大激戦だった。6月5日投票が行われたペルー大統領選挙(決選投票)は、現地時間10日、ケイコ・フジモリ氏が敗北を認めたことで、約1週間にわたった開票劇の幕が降りた。
 前回5年前の決選投票と同様、またしても父親のアルベルト・フジモリ元大統領の影に翻弄され、親子2代の日系大統領、ペルー初の女性大統領の誕生が阻まれた。
 だが、この日系の女性政治家が、党首として2度の決選投票を接戦の内に戦い抜き、まさにペルーの政治史を塗り替える偉業を成し遂げた事実に変りはない。次政権においても、最大政党の党首という最も影響力のある政治家として、その挙動がペルーの命運を左右することになる。

「反フジモリ」の壁

 前回2011年ケイコ候補は決選投票で追いかける立場だったが、今回は逆に、追われる立場だった。前回は、1回目の投票で付けられた8ポイントの差を左派のウマラ候補(現大統領)の経済政策を懸念する層を引き寄せて攻めながらも、最後は保守層を含む反フジモリ感情を動員したウマラ候補に3ポイントの僅差で敗れた。
 今回は、1回目の投票で約40%と、クチンスキ候補にほぼ20ポイント、ダブルスコアの大差をつけて優位に選挙戦を進めながらも、反フジモリ感情を煽られ、残りの候補者の支持を上積みされ、まれにみる接戦の末に逆転されて、涙をのんだ。
 1回目の投票で、急速に頭角を現し左派票をさらって3位に入ったメンドサ候補、選挙前に急速に支持を集めながら要件に満たず立候補を取り下げられたグスマン氏もクチンスキ支持を表明し、さらに大統領夫人のナディーン氏(議会フジモリ派により汚職疑惑で調査が進み国外に出ることが禁止されている)も反フジモリ支持に回るなど、ほぼすべての勢力を敵に回しての戦いを強いられた。 

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執筆者プロフィール
遅野井茂雄
遅野井茂雄 筑波大学大学院教授、人文社会系長。1952年松本市生れ。東京外国語大学卒。筑波大学大学院修士課程修了後、アジア経済研究所入所。ペルー問題研究所客員研究員、在ペルー日本国大使館1等書記官、アジア経済研究所主任調査研究員、南山大学教授を経て、2003年より現職。専門はラテンアメリカ政治・国際関係。主著に『21世紀ラテンアメリカの左派政権:虚像と実像』(編著)。
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