対談『中央銀行が終わる日』(上)もう「日銀のせい」にはできない

執筆者:岩村充
執筆者:萱野稔人
2016年7月1日
エリア: アジア

 マイナス金利に異次元緩和、仮想通貨の台頭――金融の常識が大きく変わりつつある。そんな中、かつては「通貨の番人」「物価の番人」と呼ばれた日本銀行の役割はどう変わるのか。それともすでに使命は終わったのか。『中央銀行が終わる日』(新潮選書)を上梓した日銀OBで早稲田大学大学院教授の岩村充氏に、哲学者の萱野稔人・津田塾大学教授が問いかける。 

岩村充氏(左)と萱野稔人氏

萱野 『中央銀行が終わる日』というタイトルには、正直びっくりしましたが、実際、中央銀行に対する信頼がだいぶ低下しているように思います。中央銀行ができることは限られているのではないか、あるいは中央銀行がやることがわれわれにマイナスの影響をもたらしているのではないかという疑いが、今広がりつつあるように感じます。
岩村 中央銀行の力が小さくなってきているにもかかわらず、期待ばかりが大きくなってしまったという認識ですね。その通りだと思います。
萱野 中央銀行が行えることが少なくなっている大きな背景として、経済が拡大しなくなったということがあるようだという主張ですよね。インフレ前提でしか金融政策は動かないということが、この本では明確に説明されていますが、それが行き詰まってきている。貨幣は基本的には利子がつかないけれども、金融政策は利子を操作することによってしかできないという矛盾の中で、中央銀行はずっと金融政策をやってきた。それが、今のように経済が拡大しなくなった段階で金利をとれなくなってきて、中央銀行がやれることは、どんどん少なくなってきた。
 にもかかわらず、今の中央銀行の役割を見ると、景気対策まで背負わされている。そこまで期待されたら、今度は逆にうまくいかなかったときの失望感が大きいということですね。
岩村 そうです。金融政策で何もかもできると思わないでくれ、そこまで中央銀行は強力ではない、というのが日本銀行の伝統的気分でしょう。また、その辺りは政治の方も分かっているところがあって、だから日銀総裁を選ぶ基準は、情勢に応じて適時適切にご判断をいただける人、バランスの取れた判断ができる人、そうした人が適任と考えてきたと思います。景気刺激論者であるとか、その反対であるかは総裁選びの基準ではなかったんです。
 ところが2012年に自民党総裁になった安倍さんの考え方はまったく違う。政策について自分と同じ考えの人を選ぶと宣言したわけです。そして、マネー供給さえ増やせばデフレなんか簡単に克服できるという考えを同じくする人を選んだのです。
萱野 安倍さんは、これまでのやり方を崩したことにはなりますけれども、今の日銀が抱えている矛盾を早く露呈させる、歴史を早回しするような効果はあったのかなという気が私はしています。最近の官邸は金融緩和にはあまり期待していないようですが、これまでの20年間は、景気対策や金融政策で過大な責任を日銀にかぶせてきたわけですね。

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執筆者プロフィール
岩村充(いわむらみつる) 1950年、東京都生まれ。東京大学経済学部を卒業後、日本銀行に入行。ニューヨーク駐在員、日本公社債研究所開発室長、企画局兼信用機構局参事を経て、1998年、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授に就任。現在は同大学院経営管理研究科教授。著書に『電子マネー入門』(日経文庫)、『サイバーエコノミー』(東洋経済新報社)、『貨幣の経済学』(集英社)、『貨幣進化論』(新潮選書)など。最新刊に『中央銀行が終わる日』(新潮選書)。
執筆者プロフィール
萱野稔人(かやのとしひと) 1970年、愛知県生まれ。早稲田大学文学部を卒業後フランスに留学し、2003年、パリ第十大学大学院哲学科博士課程を修了、哲学博士。津田塾大学学芸学部国際関係学科教授。著書に『国家とはなにか』(以文社)、『カネと暴力の系譜学』(河出書房新社)、『権力の読みかた』(青土社)、『金融危機の資本論』(本山美彦氏との共著、青土社)、『暴力と富と資本主義』(角川書店)など。
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