国連「事務総長選挙」の意外な展開

 今年は国連事務総長選挙の年。年末までに次期事務総長を選出しなければならないが、そのプロセスは7月に入って本格的な選出過程に突入した。

乱立する候補者

 すでに論じてきたように 、今回の事務総長選挙はこれまでと大きく異なり、事務総長候補者が各国の推薦によって立候補し、その候補者の履歴や所信が世界中に公開されている 。前回の記事から候補者はさらに数人増え、現在は12名の候補者が乱立している状態。これを男女比でみると男性6名、女性6名の半数ずつ。歴代の事務総長は男性ばかりだったので、今年は女性を選出するという流れが出来ていると言われていたが、そうした想定にもかかわらず、候補者は男性が半数を占めた。
 また、地理的には東欧グループと呼ばれる、旧共産圏の中東欧諸国からの選出が濃厚と見られていたが、実際は東欧グループ出身が8名、中南米・カリブ海グループ出身が2名、西欧その他グループ出身が2名となった。中南米・カリブ海からの2名は最後の駆け込みの立候補となり、十分な根回しなどが出来ないままの選出プロセスへの突入となった。事務総長選出プロセスは人気投票ではないため、「後出しジャンケン」は根回しの時間を少なくすることを意味するのでむしろ不利になる。
 今回立候補している12名の特徴としては、国際機関での勤務経験者が多いということである。これまでも首相や大統領、外相経験者が国連事務総長となってきたが、国際機関での経験があった事務総長は事務総長特別代表としてキプロスやアフガン問題にかかわったデクエアルと国連内部から昇格する形になったコフィ・アナンくらいしかいなかった。
 しかし、今回の候補者を見ると、現役の国際機関のトップとしては国連開発計画(UNDP)の総裁であるクラーク(元ニュージーランド首相)、国連教育科学文化機関(UNESCO)の事務局長であるボコヴァ(元ブルガリア・EU担当外相)がおり、それ以外にも国連難民高等弁務官(UNHCR)を経験したグテーレス(元ポルトガル首相)、気候変動枠組条約(UNFCCC)事務局長のフィゲレス、潘基文事務総長の官房長を務めたマルコーラ(アルゼンチン外相)、コフィ・アナンの下で政務担当の事務次長補を務めたトゥルク(元スロヴェニア大統領)、国連総会議長の経験のあるケリム(元マケドニア外相)やイェレミッチ(元セルビア外相)など、国連や国際機構に関わる業界人には知られた名前が並んでいる。
 この背景には、現在の国連が様々な問題を抱えており、事務総長となるべき人物は国連の機構改革を進め、きちんと組織を管理できる人でなければならない、という認識があると思われる。国際機関は各国外務省や政府と異なり、多様な国から集まるスタッフによって構成され、仕事のやり方や考え方が大きく異なる。そのため、いかに優秀な人物が選ばれたとしても、外からいきなり入ってきて改革を進めたり、組織を管理することは難しい。その意味で今回の選挙では国際機関での経験が重視されているのである。

カテゴリ: 政治 社会 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
鈴木一人(すずきかずと) すずき・かずと 東京大学公共政策大学院教授 国際文化会館「地経学研究所(IOG)」所長。1970年生まれ。1995年立命館大学修士課程修了、2000年英国サセックス大学院博士課程修了。筑波大学助教授、北海道大学公共政策大学院教授を経て、2020年より現職。2013年12月から2015年7月まで国連安保理イラン制裁専門家パネルメンバーとして勤務。著書にPolicy Logics and Institutions of European Space Collaboration (Ashgate)、『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2012年サントリー学芸賞)、編・共著に『米中の経済安全保障戦略』『バイデンのアメリカ』『ウクライナ戦争と世界のゆくえ』『ウクライナ戦争と米中対立』など多数。
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