オバマ「核先制不使用」(上)かえって高まる「戦争の危機」

伊藤俊幸
執筆者:伊藤俊幸 2016年9月5日

 オバマ米大統領が「核先制不使用」を含む核軍縮政策を検討中、と米メディアが報じたのは去る7月12日のことだった。「核なき世界」を訴えてノーベル平和賞を受賞したオバマ大統領は、任期も残りわずかとなった今、オバマ政治の集大成を目指しているように見える。だがアメリカの「核の傘」の下にいる同盟国はもちろん、オバマ政権の閣僚からも懸念の声が上がっているのも事実だ。
 今回は、「核先制不使用」が日本に何をもたらすのか、またそれにどう対処するべきなのかについて検討を加えてみたい。

「大量破壊兵器」から「戦略的、政治的兵器」へ

 まずは核兵器の「本質」について整理しておこう。
 アメリカが原爆を開発し、広島と長崎に投下した1945年以降しばらくは、核兵器はアメリカが独占していた。1949年にソ連が原爆実験に成功してからは、米ソ両大国が核兵器を所有して睨み合う、いわゆる冷戦の状態となった。ただこの時期の核兵器は、爆撃機に搭載して投下するしか使用方法がなかった。敵地の投下地点に到達する前に、爆撃機が撃墜される可能性もあり、その意味では脆弱性を抱えた所謂「大量破壊兵器」(「大量破壊兵器」という用語が使われ出したのは冷戦後のことである)のひとつに過ぎなかった。
 この様相を一変させたのが、1957年の「スプートニク・ショック」だった。アメリカに先んじたソ連の宇宙ロケットの開発は、長距離弾道ミサイルの開発と同義である。以後、米ソ両国は核弾頭を増やし、ミサイルを増やすことに力を注いだ。
 そうした過程で出てきたのが、MAD(相互確証破壊)という戦略である。その理屈は、「対立する核保有国の一方が核兵器を先制的に使えば、最終的に双方が必ず核兵器により完全に破壊し合うことを互いに確証することになり、結果として核戦争は起こらない」というものだ。
 例えばソ連が、ワシントンに先制核攻撃を行ったとする。ワシントンは国家としての機能を失うことになるが、弾道ミサイル搭載潜水艦など残存核戦力による反撃能力が残っていた場合、今度はアメリカの核がモスクワを壊滅させる。このことが確証できる以上、米ソどちらも核兵器は使えないのである。
 このMADが提唱され、確立したのは1960年代後半以降である。1962年のキューバ危機では核戦争一歩手前までエスカレートした米ソ両国だったが、MAD確立以後、全面核戦争の危機は遠のいた。
 というのも、これによって核兵器は「ほとんど使えない兵器」になってしまったからである。先制使用すれば自らも必ず破滅するなら、絶対に使うことはできない。その意味で核兵器は「軍事兵器」というよりも「戦略的、政治的兵器」になったのである。

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執筆者プロフィール
伊藤俊幸
伊藤俊幸 元海将、金沢工業大学虎ノ門大学院教授、キヤノングローバル戦略研究所客員研究員。1958年生まれ。防衛大学校機械工学科卒業、筑波大学大学院地域研究科修了。潜水艦はやしお艦長、在米国防衛駐在官、第二潜水隊司令、海幕広報室長、海幕情報課長、情報本部情報官、海幕指揮通信情報部長、第二術科学校長、統合幕僚学校長を経て、海上自衛隊呉地方総監を最後に2015年8月退官。
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