国際人のための日本古代史
国際人のための日本古代史(95)

飛梅伝説「天神さま」流刑地はなぜ「大宰府」だったか

関裕二
執筆者:関裕二 2018年2月9日
カテゴリ: 文化・歴史 政治 社会
エリア: 日本
太宰府天満宮。右奥に「あるじを追って一夜で飛んできた」と伝えられる「飛梅」がある(筆者撮影)

 

 寒さに耐えて咲く梅をみるたびに、菅原道真を思い出す。

 延喜元年(901)、菅原道真は大宰府へ左遷され、あの有名な歌を詠んだ。

 

東風(こち)吹かば にほひおこせよ梅の花 あるじなしとて春を忘るな

 

 実際には左遷などという生やさしい話ではなく、流刑に等しかった。大宰府に近い榎寺(えのきでら、浄妙院)に軟禁され、体を壊し、延喜3年(903)2月に亡くなる。獄死と言っていい。また4人の息子は、土佐、駿河、飛騨、播磨に送られ、幽閉された。

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執筆者プロフィール
関裕二 1959年千葉県生れ。仏教美術に魅せられ日本古代史を研究。『藤原氏の正体』『蘇我氏の正体』『物部氏の正体』(以上、新潮文庫)、『伊勢神宮の暗号』(講談社)、『天皇名の暗号』(芸文社)など著書多数。最新刊に『「死の国」熊野と巡礼の道: 古代史謎解き紀行』 (新潮文庫)がある。
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