中国「見そこない」の歴史(5)宇野浩二の場合

樋泉克夫
執筆者:樋泉克夫 2018年6月27日
カテゴリ: 国際 文化・歴史
エリア: 中国・台湾 日本
1945年10月に香港で行われた戦勝祝賀パレード(C)AFP=時事

 

宇野浩二『忘れ難き新中国』(『世界紀行文学全集』修道社 昭和46年)

 小説家の宇野浩二(明治24~昭和36年=1891~1961年)は、大正期から亡くなる直前まで名立たる文人と交友を持ち、一時期は文壇の大御所的な存在だったと思う。

 だが、この旅行記の冒頭部分を眼にして、この程度に貧弱で曖昧な知識しか持ち合わせていなかったのかと、呆れ返ってしまった。

 以下に抜粋する。

「昭和三十一年十一月七日の午前八時頃、私たち(久保田万太郎、青野季吉、私、その他、)は、香港の飛行場についた。(香港の飛行場とは、香港ではなく、九竜の飛行場である、といふことを、後で知つたのである。さて、)私たちは、飛行場から九竜の停車場まで行くバスの窓から町を眺めながら、新中国の町としては妙にケバケバしいのを、不思議に思つた。(ところが、これも、ずつと後に、この町は、新中国の内にありながら、イギリスの領分になつてゐる事を、知つて、「なるほど、さうであつたか」)と思つた」

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執筆者プロフィール
樋泉克夫 愛知県立大学名誉教授。1947年生れ。香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士課程を経て、外務省専門調査員として在タイ日本大使館勤務(83―85年、88―92年)。98年から愛知県立大学教授を務め、2011年から2017年4月まで愛知大学教授。『「死体」が語る中国文化』(新潮選書)のほか、華僑・華人論、京劇史に関する著書・論文多数。
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