やっぱり残るは食欲
やっぱり残るは食欲(9)

お苦手な食材

阿川佐和子
執筆者:阿川佐和子 2018年7月8日
エリア: 日本
「シイタケが嫌いでも小学生になれるんだ」

 

 レストランへ行くと、必ずと言っていいほど聞かれるのが、
 「お苦手な食材はございますか?」
 いつからこういう質問が恒例になったのか。おそらくアレルギー体質の問題が世間で騒がれるようになってからだろう。アレルギーと知らずに提供し、食事中に具合が悪くなられでもしたら大変だ。あるいは嫌いだと言われて残されては悲しい。そういうことを避けるため、事前に確認しておこうという店のサービスの1つと思われる。もちろん客にとってもありがたい一言である。しかし、私はこの質問をされた当初は慌てたものだ。
 え、自分の嫌いな食べものを、ここで公表するのですか? こんな、他の人たちの大勢いる前で?
 私の子供時代、好き嫌いをする子供は、いけない子と相場は決まっていた。
 「好き嫌いをしてはいけません。なんでもおいしく食べなさい」
 それが大人の常套句であった。「ニンジン嫌いのやせっぽち」というかるたの文句を唱えるたび、「好き嫌いをしてはいけない!」と叱られている気がした。良い子になるためには、嫌いな食べものを無理してでも食べなければならなかった。
 小学校へ入学するための健康診断の日、私は心臓が止まるかと思うほど恐れおののいていた。公立の小学校だったが、健康診断に合格しないと入れてもらえないという噂を耳にしていたからだ。その判断基準の1つに、「嫌いな食べもの」をお医者さんに告白しなければならないという難関があるらしい。
 先生の指示に従って保健室の前に来ると、男子も女子も上半身を裸にされて1列に並ばせられた。今思うとその光景はなかなかシュールであった気がするが、5、6歳の子供にとっては「恥ずかしい……」という自我が生まれるギリギリ以前のことだった。
 さて、その一列縦隊の先の、白いカーテンの向こう側に、恰幅のいいお医者様が小さな椅子に腰掛けて、1人ずつ、順次に問診していく。じわじわと自分の番が近づいてきた。どうしよう。嘘をついたら怒られる。でも正直に言ったら、小学生になれないかもしれない。ドキドキしながら待つうちに、とうとう自分の番が回ってきて、お医者様が私の腕を取って引き寄せた。冷たい聴診器が胸の数カ所に当てられて、たちまち静寂が訪れる。ここで自分の運命が決まるのだ。ドキドキドキ。と、やおら沈黙が破られて、予測していた質問が飛んできた。
 「嫌いな食べものはありますか?」
 私はびくびくしながら小声で答えた。
 「シイタケ……」
 はたしてお医者様はなんと反応なさるか。泣きそうな顔でそっと顔を上げると、
 「それくらい、問題ない!」
 大きな声でそう言うと、お医者様は私の背中をパンッと思い切り叩いて前に押し出した。
 終わった……。シイタケが嫌いでも小学生になれるんだ。私は天にも昇る気持であった。
 しかし、いざ入学してみると、試練はたくさん待ち受けていた。給食というのはどうしてこうもシイタケをふんだんに使うのだろう。八宝菜、お煮染め、酢豚……。たいていのおかずにはベロンと大きなシイタケが入っていた。
 当時の私にとって、もちろんいちばん嫌いな食べものはシイタケであったけれど、キノコ類全般が苦手だったので、松茸ご飯などまったくありがたくなかった。松茸ご飯が出てくると、松茸をさけてご飯だけ食べていたぐらいである。
 キノコ類に限らず、その他の野菜、たとえばニンジンとか牛蒡とか玉ねぎとかも、大きなかたまりで出てくると、積極的に食べたい気持にはならなかった。しかし給食は容赦がない。
 「ぜんぶ食べ終わった人から校庭に出てよろしい」
 先生の一言に、私は何度泣いたことだろう。とうとう教室で最後の1人となり、吐きそうになりながらシイタケやニンジンを飲み込んだ日もあった。まもなく、男の子の1人に言われた。
 「アガワさんって、かけっこは速いけど、給食食べるのは遅いんだね」
 下駄箱でさりげなく指摘され、小学1年生ながら観察眼が鋭い子だなと、感心したのを覚えている。
 不思議なことに、あれだけ口うるさい父に、食事をさっさと食べなさいとは言われても、好き嫌いについて怒られた記憶があまりない。なぜだろう。父自身、好き嫌いが激しかったかと言うと、そういう印象もない。はっきりしているのは、不味いものが嫌いだったということだけである。そういうわけで、ひたすら学校での厳しい躾の成果と思われる。私は成長するにつれ、ニンジンも牛蒡も、シイタケですら食べられるようになった。今でも干しシイタケの大きなかたまりがドカンとお皿に載っているのを見ると、数秒間は躊躇するが、食べられないわけではない。まして生シイタケに至っては、今や大好きだと胸を張って言える。ある日突然、シイタケの天ぷら、シイタケのバター炒め、シイタケの肉詰めなどを口に頬張って仰天した。なぜ私は子供の頃、こんなにおいしいものが嫌いであったのかと不可解に思ったのである。いや、シイタケのどこが嫌いだったかははっきりわかっている。強烈な匂い、噛もうとしたときの歯の間に残るぬめっとした口当たり。あのえも言われぬ感覚が蘇ると、かすかに「怖い……」と思わないわけではないが、大丈夫です、大丈夫。
 世の中には子供の頃の苦手な食べものを克服できずに大人になる人もいるようだ。私の弟は、幼い頃、姉の私が強制的に食べさせようとしたらしく、「茄子が食べられないのはお姉ちゃんのせいだ」と今でも非難に満ちた顔をする。ときどき一緒にご飯を食べるとき、
 「麻婆茄子はどうかな? おいしそー」
 注文しようとすると、
 「だから何度も言うけどね、俺、茄子は嫌いなの。お姉ちゃんのせいで」
 そして弟が、茄子の油炒めかなにかを「食べないと遊んでやらないぞ」と私に脅されて、泣きながら、吐きそうになりながら口へ突込み、そのあと耐えられなくなってお手洗いへ駆け込んだ、その日を境に、茄子が大嫌いになったという話を聞かされるハメになる。
 この会話を50回ほど繰り返しただろうか。ようやく最近、「弟は私のせいで茄子が嫌い」であることが脳に定着した。
 他人の好き嫌いはなかなか覚えられないものである。ゴルフ仲間の長友啓典さんは、キュウリが大の苦手であった。もはや70歳を越えて久しいのに、子供みたいだ。ゴルフ場のレストランでサンドイッチを注文するときは、必ず「キュウリを入れないで」とウエイターさんにお願いする。その様子を見て、私はつい、訊ねる。
 「キュウリがダメってことは、瓜系全般がダメなのですか?」
 そういう質問を前にもしたことがある気がするが、それでも長友さんは嫌そうな顔一つせず、「そうやねえ」と優しい大阪弁で残念そうにおっしゃる。「そうやねえ」とやんわりお答えになるわりには、その嫌いの度合いは相当なものらしく、隣で誰かがキュウリを食べているのを見るのも、テーブルにキュウリが並んでいるのも「できれば、やめてもらいたい」ほどの頑なさであった。
 「そうかあ。よく覚えておきます」
 前にもそう約束したような気がしつつ、まもなく私は別の店で再び訊いてしまう。
 「長友さん、この店のキュウリのお新香が美味しいんですよ」
 「ありがと。でも僕、キュウリ、ダメやから」
 「あ、そうでしたね。じゃあ、ゴーヤチャンプルは? おいしそうですよ」
 「だからね、ゴーヤもダメなの」
 「あ、そうか、ゴーヤもね、キュウリの親戚ですもんね」
 「何度言うたらわかるの!」
 「何度、訊いても、忘れるんです」
 私がどうしても覚えられないのには、理由があるのだと思う。それは、キュウリが嫌いな人がいるなんて、認めたくないからではないか。キュウリが嫌いということは、あの香ばしいキュウリの糠漬けも、生姜と紫蘇で和えたキュウリの古漬けも、おいしいカッパ巻きも、千切りキュウリのはいった冷やそうめんも食べられない。夏の盛り、氷水に浸けた採れたてキュウリを一本取り出して、胡椒や塩や、はたまたマヨネーズをつけ、カリポキッという爽やかな音とともにかぶりつく、あの快感を味わえないのである。それは日本人としてどうなのか。いやいや、ギリシャ人だって残念がると思う。ギリシャの料理に出てくるヨーグルトに浸けられたキュウリサラダは絶品だ。ギリシャ人にもあのサラダを苦手とする人がいるだろうか。それはまるで、トマトを嫌いなイタリア人か、ニンニクの嫌いな韓国人か、カレーが嫌いなインド人のように残念なことだと思う。でもキュウリの嫌いな長友さんは、キュウリを嫌いなまま、先年、逝ってしまわれた。あのキュウリ漫才のようなやりとりをすることも、もはや叶わない。
 大人になってから新たに苦手な食べものが現れることもある。でもそれすら、私はだいたい克服してきた。たとえば20代の頃に出合ったパクチー(香菜)は、初めて口にしたときは、なんだ、このドクダミのような葉っぱはと仰天したが、めげずに食べ続けていたら、今や私の食生活になくてはならぬ存在と化した。ドリアンとホヤ貝とエポワスというフランスの臭いチーズも、初対面ではとうてい付き合えないと思ったが、何度も試すうちに虜になった。臭い食べものは悪女のごとし。一度、深みにはまると抜けられなくなる。
 しかし、それほどに順応性の高い私とて、生涯二度と食べたくないと思うものがある。
 ラクダのつま先と、ゾウの鼻である。
 ラクダのつま先は内モンゴルで供された。珍味と聞いて即座に手を伸ばしたが、口に入れた途端、気が遠くなった。いわゆるコラーゲンのかたまりで、つまりは豚足のような淡泊な味わいではあるが、その野性味溢れる臭いには打ち勝てなかった。これも何度か食べているうちに虜になるだろうか。2度目に食べる機会がないので、今のところ、苦手なままだ。
 ゾウの鼻は国内で遭遇した。懇意にしている中華料理店のオーナーが、
 「アガワさん、これ食べる? おいしいよ」
 小皿に出された茶色い乾物を「どれどれ」と、一口かじって、驚いた。どういう味だったか覚えていない。でも不味かったことだけは記憶にある。あれは本当にゾウの鼻だったのか、その店主が私をからかったのか。一度、確かめようと思いながら何年も経ち、その店主が亡くなられたと風の噂に聞いたので、この一件は謎のままである。
 「お苦手な食材はございますか?」
 レストランにて問われると、数年前からこう答えることに決めている。
 「苦手なものは、ラクダのつま先とゾウの鼻」
 たちまち笑われるのだけれど、ウケを狙って申し上げているのではない。実際に経験した上での、私の「お苦手な食材」なのである。

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執筆者プロフィール
阿川佐和子 1953年東京生まれ。報道番組のキャスターを務めた後に渡米。帰国後、エッセイスト、小説家として活躍。『ああ言えばこう食う』(集英社、檀ふみとの共著)で講談社エッセイ賞、『ウメ子』(小学館)で坪田譲治文学賞、『婚約のあとで』(新潮社)で島清恋愛文学賞を受賞。他に『うからはらから』(新潮社)、『正義のセ』(KADOKAWA)、『聞く力』(文藝春秋)など。
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