「戦争広告代理店」が語る「オバマ」「トヨタ」

執筆者:高木徹 2010年4月号
エリア: 北米

米国きっての国際PRエキスパート、ジム・ハーフ氏。「真のワシントンの住人」は、日米の諸問題を、どう分析するのか。

「オバマが一期限りの大統領(One term president)に終わる可能性は十分にある」。ワシントンDCの“ホワイトハウスから2ブロック”という中枢にあるオフィスで、グローバル・コミュニケーターズ社のCEO(最高経営責任者)、ジム・ハーフは言った。彼はボスニア紛争をめぐる情報戦を描いた拙著『戦争広告代理店』の主人公で、時には紛争中の国家そのものをクライアントとしてきた国際PRエキスパートである。
 その真骨頂は米政官界とメディアの裏も表も知り尽くし、人脈と情報回路を張り巡らせていることだ。それを利用し、クライアントのアメリカ世論における注目度と肯定的評価を高めるのが仕事である。
 最近、ハーフと久しぶりに会って話す機会を得た。冒頭の現政権に対する「宣告」はその中で飛び出した言葉だ。ハーフのような、日本との関係も、日本への思い入れも特にない「真のワシントンの住人」による分析が日本で伝えられることは意外に少ない。しかし、アメリカの空気を体現するのは彼のような人物である。
「オバマの最初の一年は、期待された成果を出すには程遠く、政敵たちに“決断力がない”“非効率的だ”と攻撃を受ける隙を作ってしまった」とハーフは続ける。しかし、ハーフ自身のオバマ評価が必ずしも低いわけではない。オバマ政権が最重要課題として取り組む医療保険制度改革をハーフは買っている。
「信じがたいことだが、この国にはまだ国民全員の医療保険が存在していない。世界の経済をリードする国にふさわしくない事態だ」
 これまで多くの大統領がこの問題に取り組み、果たせなかった。「ものすごい資金が流れているよ」とハーフが言うとおり、オバマ大統領は保険・医療業界という巨大産業を敵に回すことになり、財力にものを言わせたロビー活動が展開され、「社会主義的」というアメリカでは致命的なレッテル貼りも行なわれた。
「この改革を進めれば人気は落ちるかもしれない。しかも成果が実感できるまでには時間がかかる。それでも長い目で見てアメリカのためになると思えば、オバマは再選を危機にさらしても実行する覚悟のようだ」。そのためにオバマ氏は一期限りの大統領に終わるかもしれない、と言うのである。

カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
高木徹(たかぎとおる) NHKグローバルメディアサービス 国際番組部チーフ・プロデューサー。1965年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、NHKにディレクター・プロデューサーとして勤務。『おはよう日本』、『NHKスペシャル』、『クローズアップ現代』などの企画・取材・制作を担当する。主な制作番組は『民族浄化~ユーゴ情報戦の内幕~』(2000年)、『バーミアン 大仏はなぜ破壊されたのか』(2003年)、『パール判事は何を問いかけたのか~東京裁判・知らせざる攻防』(2007年)、『ドラマ東京裁判』(2016年)など。著書に『ドキュメント戦争広告代理店 情報操作とボスニア紛争』(講談社文庫)「大仏破壊 バーミアン遺跡はなぜ破壊されたのか」(文春文庫)『国際メディア情報戦』(講談社現代新書)など。
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