世紀の救出劇「南米の先進国」チリの課題

執筆者:遅野井茂雄 2010年10月20日
エリア: 中南米
救出された作業員をねぎらうピニェラ大統領(C)AFP=時事
救出された作業員をねぎらうピニェラ大統領(C)AFP=時事

 チリのサンホセ鉱山落盤事故で地下700メートルに閉じ込められた33人全員が救出された。70日に及ぶ過去に例をみない救出劇だっただけに世界に驚きと大きな感動を与えた。  救出の成功は、なによりもチリの国民性に絡む要素(後述)が導いたもので、年初の巨大地震で被った国民の傷跡を癒すには十分すぎる成功であった。だが、31番目のOECD(経済協力開発機構)加盟が決まった南米の先進国の抱える課題も浮き彫りになった。  チリでは今年2010年1月の大統領選決選投票で、1990年の民政移管後初めて右派が政権を獲得し、3月ピニェラ政権が発足した。20年間政権を担当した中道左派の与党連合(コンセルタシオン)のもとでの経済成長により、1人当たりの国民所得は1万ドルに達し、貧困人口は3分の1の13%にまで減少した。その実績の高さが、1月11日のOECD加盟の正式決定につながった。  だがいよいよ先進国への仲間入りという期待の中で発生したのが、2月末のマグニチュード8.8の巨大地震である。反軍政で結束したバチェレ与党連合政権の末期で、軍の動員などの初動が遅れ、コンセプシオンなど被災地では略奪が発生し、国民に大きな衝撃を与えた。略奪は、貧困層は底上げされたものの、改善されない格差への反発が底流に潜んでいるからだと受け止められた。失業率は10%といぜん高く、人口比でみると上位(富裕層)10%が国民所得全体の約40%を占め、下位(貧困層)10%は2%に満たない状況が続いており、グローバル化の恩恵から排除されている層がいまだ大きいことを示している。  そこで起きた鉱山の落盤事故であった。  チリは軍政期(1973~90)の改革により市場経済への転換を成し遂げたが、民政移管後の反軍政の政権にも経済政策が引き継がれ、銅の他、ワイン、果物、サーモンといった食料やパルプなど天然資源開発をベースにした輸出産業の多角化を進め、日本をはじめとするアジア市場に食い込み、85年以降の6%の成長を達成した。輸出産業の中で大宗は銅であり、銅公社(コデルコ)を戦略的に活用して技術と外資を呼び込み、世界の銅の35%を生産する銅生産国としての世界的地位を不動のものとした。  チリ政府は、適切な為替政策、輸出促進局の整備、47カ国とのFTA(自由貿易協定)の発効、年金の民営化など国内貯蓄率の向上、労働市場改革、公共サービスの効率化を実現して国際競争力を高め、グローバル化の中での金融リスクの回避策をとるなど、中南米では飛び抜けて高い制度的能力を示してきた。

カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
遅野井茂雄(おそのいしげお) 筑波大学名誉教授。1952年松本市生れ。東京外国語大学卒。筑波大学大学院修士課程修了後、アジア経済研究所入所。ペルー問題研究所客員研究員、在ペルー日本国大使館1等書記官、アジア経済研究所主任調査研究員、南山大学教授を経て、2003年より筑波大学大学院教授、人文社会系長、2018年4月より現職。専門はラテンアメリカ政治・国際関係。主著に『試練のフジモリ大統領―現代ペルー危機をどう捉えるか』(日本放送出版協会、共著)、『現代ペルーとフジモリ政権 (アジアを見る眼)』(アジア経済研究所)、『ラテンアメリカ世界を生きる』(新評論、共著)、『21世紀ラテンアメリカの左派政権:虚像と実像』(アジア経済研究所、編著)、『現代アンデス諸国の政治変動』(明石書店、共著)など。
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