行き先のない旅 (87)

アートは贅沢品か、必需品か

執筆者:大野ゆり子 2010年12月20日
エリア: ヨーロッパ 中南米

 アートは社会にとって贅沢品か、必需品か――。欧州各国では、財政危機の中、文化予算を大幅に削減するニュースが相次いでいる。オランダ、イギリス、イタリアでは、文化予算の3割削減を発表。一方、フランスだけは「文化は自分たちの国力の魅力の1つであり、経済効果を持つ」として、予算を2.7%と僅かながら増やした。差し迫った課題が山積し、財源がいくらあっても足りない中で、国による文化予算をどう位置付けるか、メセナ(企業による文化・芸術活動支援)に任せるかは、本当に難しい。ただ、アートに理屈を超えた力がある、ということだけは、1990年代に住んでいた戦時下のクロアチア・ザグレブで経験したことがある。    
 空襲警報でたびたび中断されながらも、市から補助金を受けたオーケストラは定期演奏会を続けていた。コンサートというと、気持ちとお金に余裕がある人のものと思いがちだが、このときの聴衆は違った。爆撃されるかもしれない中、町の中心のコンサートホールに集まる。演奏する側も聴く側も、理性で考えたら気持ちの余裕も、生活の余裕もない。それでも満場の聴衆が集まり、その瞬間だけは、まるで何事もなかったように演奏だけに集中する。それは極限状態で人間が生きるために、魂の均衡を保とうとするサバイバルの処方箋だったのだと思う。

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執筆者プロフィール
大野ゆり子(おおのゆりこ) エッセイスト。上智大学卒業。独カールスルーエ大学で修士号取得(美術史、ドイツ現代史)。読売新聞記者、新潮社編集者として「フォーサイト」創刊に立ち会ったのち、指揮者大野和士氏と結婚。クロアチア、イタリア、ドイツ、ベルギー、フランスの各国で生活し、現在、ブリュッセルとバルセロナに拠点を置く。
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