言葉が寒い。より正確には言葉を巡る状況が寒々しい気がしてならない。日々大量の情報が映像を伴って流れてゆく。照射されながら繰り返し自問する。その情報は自分に何か関係があるかどうか。時代の閉塞感は人を妙に哲学的な問いに立ち返らせる。書くことに、語ることに意味があるか。真摯な表現者たちの悩みは誠に深い。高村薫の新作『晴子情歌』(上下、新潮社)を読んで、そんなことを考えさせられた。 前作『レディ・ジョーカー』から実に四年半ぶりの書き下ろしになる『晴子情歌』は、読書界(まだそんなものがあったと仮定しての話だが)の今年最大の話題作の一つである。というのも、この作品は高村の持ち味とされてきた「骨太のミステリー作家」というこれまでの看板を捨て去ったところで成立しているからである。
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