世界一の大捕り物

執筆者:徳岡孝夫2011年5月12日

 電話が鳴って、大阪に住む古い友人からだった。声が上ずっている。 「昨日はオサマが殺されよった。世界最大の大捕り物が片付いた。きょうはタイガースが巨人戦で3連発や。何たる吉日ぞや」  人間トシを取ると物事を正しく把握できなくなる。国際問題もプロ野球も、衰えた脳の中で混然かつ一体になってしまうらしい。  私も彼の興奮に巻き込まれて立ち上がり、寝室の整理ダンス上に置いてある色紙を取って眺めた。 「トクオカに。早くよくなれ。ランディ・バース44」  26年前のことだ。広告会社でタイガースを担当していた姪が、バース(背番号44)に書かせた色紙である。神話のような甲子園。バース、掛布、岡田が3発連続バックスクリーンに叩き込んだあの奇跡としか思えない場面。  関西人のくせに温和なトラキチでしかない私だが、この色紙は処分しかね、寝室の一隅に保存しておいた。  バースの激励も空しく、脳下垂体腫瘍で入院していた私は、開頭手術中に健康だった右眼の視神経が切れ、残る左眼も薄明になって退院した。  不運は不運と重なりやすい。手術の前に書くと約束しておいた「フォーサイト」という新しい雑誌すなわち本サイトの前身に、半盲になってから書き始める巡り合わせになった。

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