4-5月にかけて投票を実施したインド東部・西ベンガル州と南部タミルナドゥ州の州議会選挙の開票が13日行われ、いずれも州与党が大敗し政権交代が起きるという劇的な結果となった。要因はさまざまだが、共通するのは民衆の支持を頼みに驕り高ぶってやりたい放題の政権運営に有権者の民心が大きく離反したことだ。人々は「変化」を求めて雪崩を打ったように野党に投票し、オセロゲーム終盤のような形勢逆転につながった。
有権者が自分の懐具合や暮らし向きの改善をもっとも評価するのは毎回のことだが、汚職や強権政治に背を向け、よりよいガバナンスを求める傾向が鮮明となったのも今回の選挙の特徴といえるだろう。失礼な言い方かもしれないが、インドの有権者の「質」は明らかに向上しており、政党の側も今まで以上に誠実かつ公明正大、効果的な政策運営によって選挙民の審判に臨まねばならなくなってきている。
インド東部の中核都市コルカタ(旧名カルカッタ)を州都とする西ベンガル、郊外に日本企業など多数の外資が集積する南部の巨大都市チェンナイ(同マドラス)を抱えるタミルナドゥという2つの重要州における衝撃的な選挙結果は、中央政界の動向はもちろん、今後の経済政策の行方にも大きな影響を与えるだろう。
 
 イデオロギーと「政治化」でつまずいた左翼政党
 
西ベンガル州では、ママタ・バナジー党首(連邦鉄道相)に率いられたトリナムール会議派(TC)が、州与党であるインド共産党マルクス主義派(CPI-M)などの左翼政党連合に圧勝。トリプルスコアを超える大差をつけ、34年間続いた同州の左翼政権に終止符を打った。
だが左翼政権の退潮は今に始まったことではなかった。連立与党への閣外協力という立場で「責任なき権力」と揶揄されながら、民営化や外資導入にことごとく抵抗し、2008年には反米イデオロギーから印米原子力協定に猛反対し、閣外協力を解消して政権を崩壊寸前に追い込んだ。左翼連合にはこれを潮目に徐々にほころびが見え始め、同年のパンチャヤット(村落共同体)選挙や09年の総選挙ではいずれも大幅に議席を減らしたが、党指導部らは何ら手立てを講じてこなかった。
西ベンガルの左翼政権は、日本の三菱化学などの外資誘致や産業政策には一定の成果を上げたが、農業の不振や立ち遅れたインフラ整備などでは後手に回っていた。何よりもTCが攻撃したように、近年は政党が政治的意図を持って行政に介入・関与を強めるいわゆる「ポリティサイゼーション(政治化)」の傾向が顕著になっていた。
筆者も、CPI-Mが勢力を誇示するためにコルカタ中心部のモイダン公園で開いた10万人集会を目の当たりにしたが、市内の交通はほぼ一日中マヒし、大いに迷惑した記憶がある。このとき、周辺の農村部などから数千台ものトラックやバスに乗せられて動員された人々の困惑・疲弊した顔を今も鮮明に覚えている。
では勝ったTCが高邁な理想を持ったご立派な政党かというとそうでもない。同党は08年、当時与党だった左翼政権に打撃を与える意図から、タタ自動車の工場進出に伴う土地収用に激しく反対し、計画を白紙撤回させた。この張本人こそ、TCのバナジー党首なのである。
外資誘致と産業振興を重要テーマとする国民会議派率いる中央政界の与党連合に、TCが第2党として重要な位置を占めているという事実は、インド政治の複雑怪奇さを物語っている。
 
豪腕政治家が掘った墓穴
 
一方、タミルナドゥ州では美人映画女優出身のJ・ジャヤラリーター党首率いる全インド・アンナ・ドラビダ進歩同盟(AIADMK)とその友党が、豪腕政治家として知られ中央政府にも多数の閣僚を送り込んでいるM・カルナニディ党首(州首相)のドラビダ進歩同盟(DMK)の陣営を圧倒。9割近い議席を獲得する地すべり的勝利を収めた。
州都チェンナイ郊外の工業団地にはノキアなど内外のハイテク・IT企業を相次ぎ誘致、昨年には日産自動車の進出も実現するなど、DMKもまた産業振興政策では評価されてきた。だが、カルナニディ党首が二男、三男、長女や親族を相次ぎ中央・州政界の要職に押し込むファミリー政治はさすがに民衆に嫌われ、携帯電話ライセンスに絡む汚職疑惑で同党所属の閣僚が逮捕されるなど汚職体質も表面化し、支持者の期待は失望に変わった。豪腕を頼んで自党の要求を通すために繰り返したデモやストライキも、タクシードライバーや中小商工業者らにはきわめて評判が悪かった。
 
 政策はますます内向きに
 
 昨年の英連邦競技大会(コモンウェルス・ゲームズ=CWG)開催に絡む汚職疑惑で守勢に立たされていた与党・国民会議派にとって、今回の選挙でDMKと組んだタミルナドゥ州でこそ敗北を喫したが、西ベンガル州では友党のTMCが躍進。北東部アッサム州では圧勝。南部ケララ州でも過半数を確保し、とりあえず一息ついた感がある。
 しかし、先に述べたように政権に対する有権者の目はますますシビアになってきており、今後は中央・州を問わず政策はより内向きとなる可能性がある。外資誘致よりも民生安定、高度経済成長よりも公正でよりよいガバナンスを目指す、というこれまでの流れがより鮮明になりそうだ。一層の規制緩和や優遇政策を求める外資や大企業にとっては逆風が強まるかもしれないが、これこそがインド政治のリアリズムなのである。   (山田 剛)

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