“ブレアになれない”キャメロン英首相の躓き

執筆者:藤沢朝矢2011年5月16日

[ロンドン発] 戦後初の連立政権や最年少首相の誕生など記録ずくめとなった英国での昨年の政権交代から1年。デービッド・キャメロン首相(保守党党首)が試練のときを迎えている。選挙制度改革をめぐる国民投票では保守党の狙い通り改変阻止に成功したが、改革を選挙公約としていた連立パートナーのニック・クレッグ副首相率いる自由民主党との亀裂が深まった。ナショナル・ヘルス・サービス(NHS)と呼ばれる国営医療制度の改革をめぐっては医師らの猛反発に直面。外交面では中東民主化で国際的なリーダーシップを発揮しようとしたが、国内問題で手一杯の米国の十分な協力を得られない。
 同じように歴史的な政権交代と呼ばれた1997年の総選挙で登場した労働党のトニー・ブレア元首相が就任後の1年間、さまざまな改革で次々と成果をあげていったのとは対照的だ。ともに「変化」を掲げる若きリーダーとして政治の表舞台に立ったブレア氏とキャメロン氏。その1年目の明暗を分けたのは何だったのだろうか。

選挙制度改革を阻止した「無慈悲な戦略」

肌合いの異なる連立与党に、すきま風が吹いている(キャメロン首相=左=とクレッグ副首相)(c)AFP=時事
肌合いの異なる連立与党に、すきま風が吹いている(キャメロン首相=左=とクレッグ副首相)(c)AFP=時事

 まずは連立政権の運営からみてみよう。今回、保守党と自由民主党の間にすきま風を吹かせたのは5月5日に行なわれた選挙制度改革をめぐる国民投票である。  英国の選挙制度は2大政党政治を長年支えてきた単純小選挙区制。ファースト・パスト・ザ・ポスト・システムと呼ばれ、選挙区で最も多くの票を獲得した候補者が当選する単純な仕組みだ。この選挙制度の問題は、大量の死票が出て少数政党が不利となること。保守党、労働党の2大政党に次ぐ第3極に浮上した自由民主党はこれに不満を募らせてきた。そこで昨年、連立参加の条件として今回の国民投票実施を保守党に約束させたのだ。  その時点で自由民主党には大幅な譲歩をしたとの思いがあった。同党が望んでいたのは比例制の要素を選挙に持ち込むこと。しかし、今回の投票で是非が問われたのは比例制とは異なる「連記制(AV)」という投票制度だ。有権者が候補者を1人選ぶのではなく順位付けして票を投じる仕組みだ。それにもかかわらず結果は3分の2以上の投票者が制度の変更に反対した。  保守党としては選挙制度の変更に伴い、少数政党が乱立するような状況はとても歓迎できなかった。英国に限らず、先進国の少数政党は左派である傾向が強く、中道右派の保守党にとって不利になるという計算が働いたのかもしれない。国民もまた極右や極左政党など極端な主張の政党が議席を握り政治が混乱することを懸念したようだ。  自由民主党が許せなかったのは連立パートナーの保守党が制度変更への激しい反対キャンペーンを展開したことだった。特に保守党系の組織が国民投票のキャンペーンでクレッグ氏への個人攻撃を強めたことに自由民主党の支持者は怒りを爆発させた。自由民主党の有力政治家ビンス・ケーブル氏は保守党の戦略を「無慈悲で計算高く差別的」と批判した。キャメロン氏もクレッグ氏も結果判明後、連立を維持する立場を強調したが、相互の不信感が増したことは否定できない。  肌合いが異なる両党の連立には常に火種がある。圧倒的な「地滑り勝利」で議会の過半数を握り、安定的な政権運営ができたブレア氏との大きな違いだろう。

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