インド東部・西ベンガル州の地元政党トリナムール会議派(TC)主導の激しい反対運動によって、同州で進めていた超低価格乗用車「ナノ」の工場建設計画が白紙撤回に追い込まれた印最大の財閥タタ・グループが、TCの党首ママタ・バナジー氏と「手打ち」し、西ベンガルでの事業を本格再開する見通しとなってきた。TCは5月13日開票の同州議会選で左翼政党連合を退けて圧勝。バナジー氏は20日、連邦鉄道相から長年の念願だった州首相に就任し反対野党から一転、与党として経済・産業振興政策を担う側に回った。タタ・グループは工場建設が頓挫した2008年10月以降、西ベンガル州での事業からほぼ手を引いていたが、東部の中核都市コルカタを擁する同州の重要性には変わりはなく、一時不振だった「ナノ」の販売もようやく軌道に乗って旧怨が薄れたこともあり、双方が「大人の対応」を見せたということだろう。
バナジー氏自らが先頭に立った反対運動の末、西ベンガル州からの撤退を決めたタタ・グループ総帥のラタン・タタ会長は当時、「(どちらが悪いかは)歴史が判断する」と宣言。自身が「悪いM(ママタ)」と呼んだバナジー氏率いるTCが勢力を強めつつあった同州から、「よいM=ナレンドラ・モディ氏=」が州首相を務める西部グジャラート州への工場移転を決めたのだった。
印商工会議所連盟(FICCI)事務局長から州議選に出馬して当選、州政府の財務大臣に就任したエコノミスト出身のアミット・ミトラ氏は先週、「タタが(西ベンガルに)戻ってこない理由はない」「(タタ自動車の撤退は)特殊な状況下で起きたこと。われわれが追い出したわけではない」と秋波を送った。「手打ち」はこのミトラ氏が仲介したとの見方が有力だ。これに対しラタン・タタ氏も23日、州首相に就任したバナジー氏に対し「彼女のリーダーシップで州が急速に発展することを期待する」とする祝意のメッセージを伝えた。
バナジー氏は今週、タタ自動車が工場用に取得した土地の一部を「不本意に手放した」農民らに返還することを発表する一方、「(返還した)残りの600エーカー(約243万平方メートル)にタタが工場を建設するのはかまわない」と踏み込んだ。
ヒンドゥー至上主義による強硬な民族主義を唱えていたインド人民党(BJP)が、政権与党となって一気に穏健化したのは周知の通り。立場が変われば「柔軟に」主義・主張を修正するのはインドの政治家の面目躍如だが、恨みを呑んで出て行ったラタン・タタ氏もビジネスのためなら妙な意地を張らないところがさすがだ。水面下で進んでいたであろう微妙な駆け引きは到底日本企業などには真似できそうにないが、清濁併せ呑むインド人の凄みとして記憶にとどまるだろう。
(山田 剛)

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