インド政府は先月、新土地収用法案(2011年土地収用および生活再建・再定住法案=LARR)を国会に提出した。法案は、政府が工場や空港、工業団地用などの土地を収用する場合の対象事業範囲や価格、住民の移転補償などを細かく定めている。英植民地時代の規定が生きている労働関係諸法や会社法などと同様、現行の土地収用法は1894年制定と古く、抜本的見直しが必要となったためだ。

 同法が施行されれば、農民などの地権者やその土地で生計を立てている農業労働者(いわゆる小作人)などに「適正」な補償が提供されることとなり、各地で頻発する工場進出への反対運動などを減少させる効果が期待されている。
だが、収用価格は「路線価など市場価格の6倍以上(都市部の場合は2倍以上)」と規定されており、民間企業にも一部で住民の移転補償を義務付けるため、工場やショッピングセンター、タウンシップなどの建設コストの上昇は必至だ。産業界からは異論も出ているが、農民など弱者救済はインド与野党に共通するアジェンダであり、さほど抵抗もなく可決されそうだ。
新土地主要法案の要点は①土地収用は公共事業や官民共同事業(PPP)に限る②民間による用地取得でも、100エーカー(約4067平方メートル)以上に達する場合は住民に対する移転補償を義務付ける③政府は民間の事業用地取得のために土地を収用することはできない④収用価格は、「路線価」または「平均取引価格」のうち高い方の3倍+同額の慰謝料、つまり市場価格の6倍を下回らない、と定めている。このほか、住民の移転補償、生活再建補償などが細かく決められている。このあたり、これまで結果的に「不当に」安い価格で土地を買い上げていたことへの反省も盛り込まれているようだ。
ピーク時の需給ギャップが12%にも達する電力事情や道路、港湾といったインフラの未整備、複雑な税制・法制、そして近年続発する労働争議に加え、デリー首都圏やムンバイ周辺における産業好適地の価格高騰などを背景に、今回の新土地収用法はインドでの事業立ち上げコストをさらに押し上げる要因となり、インド進出を計画する各国企業の頭を悩ませることになりそうだ。
2008年、超低価格車「ナノ」の工場建設を巡り、タタ自動車が西ベンガル州からの撤退を決めた際、西部グジャラート州のナレンドラ・モディ首相は自らラタン・タタ会長にSMSを送り、すかさず州保有地の提供を申し出たといういきさつがある。工場は昨年、無事に稼働を開始した。

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