民進党・蔡英文の「成長と限界」

執筆者:野嶋剛2011年10月25日

 ジャーナリストとして選挙を観察する面白さの1つは、どの国、どのレベルを問わず、1人の人間が成長する、あるいは成長に失敗するプロセスを目撃できることである。
 成長して勝つ者もいれば、成長したが勝てない者もいる。
 台湾の選挙について言えば、2008年の総統選で国民党の馬英九は、ひ弱なエリートというイメージを覆すような泥臭く庶民に密着した戦いを展開して勝利した。一方、同じ総統選で民進党候補の謝長廷は、権謀術数には長けているがあまり信頼できない人物であるという周囲の疑念を打ち破ることなく、記憶に残らない負け方を喫した。
 2012年1月に控えた次期台湾総統選に出馬する民進党の総統候補・蔡英文ほど、台湾政界で「成長」の度合いが注目されてきた人物はいないだろう。
 なぜなら、政権喪失と陳水扁前総統のスキャンダルで同党がどん底に落ち込んだ08年、党主席を引き継いだ時の蔡英文は政治家として未知数の存在だったからだ。
 蔡はもともと1990年代に国民党の李登輝に経済ブレーンとして起用され、国家安全会議の諮問委員として中台対話の裏方としても活躍した。陳水扁政権では、中国政策を担う大陸委員会の主任委員になり、後に副首相にあたる行政院副院長まで務めた。
 頭脳明晰なエリートで行政経験は豊富だが、政治家としては素人同然。彼女を支持した党のベテランたちも、彼女の女性としての清新なイメージを頼りに、苦境をしのぐためのワンポイントリリーフ程度にしか考えていないフシがあった。
 だが、蔡英文はねばり強く党内での意見集約や体質改善に取り組み、政策提言ができて穏健なスタンスも取りうる成熟した政党へと、民進党の脱皮を図った。彼女を甘く見ていた蘇貞昌・元行政院長や呂秀蓮・元副総統、謝長廷らのベテランたちが気づいた時には、総統候補として認めざるを得ない人気を党内外で確立していた。世代交代を求める党内の若手世代の声が、ベテラン組の「蔡降ろし」を許さなかったというのもある。

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