「一体改革」が迷宮に陥った3つの理由

執筆者:田中直毅2012年2月6日

 野田佳彦政権の「税と社会保障の一体改革」の行方が混迷を深めている。理由は3つある。どれも野田だからダメとか民主党だから歪んだというものではない。そもそもこの課題は、日本の公共的意思決定過程が正面から扱ってこなかったテーマだからである。目をそむけてきた課題に対して、資本市場での「日本売り」の恐怖が迫るなか、民主党政権はついにおずおずとではあっても手をつけざるをえなくなったというのが実際だ。主権国家の債務危機が荒れ狂うなかで、気がつけば日本は最も狙撃されやすい位置にいることを、菅直人前首相の頃から認識せざるをえなくなったのだ。

説明から逃げた政府

 2009年に民主党への政権交代が生じたときに、ギリシャでの財政収支尻に関する不正操作が明るみになった。この符合から、菅直人財務大臣(当時)、そして野田佳彦財務大臣(当時)が結果として矢面に立って挑戦を試みることになった。
 混迷の第1は、浸水から船が沈没するのを回避しようとすれば、穴をふさぐ以外に手段はない、という緊急性の認識を国民と共有しようという肚が内閣になかったことだ。消費税率を10%にまで引き上げたからといって、有権者に何か代価を付与できるわけではない、という状況を正面から説明すべきだった。ところが消費税のもつ逆進性に腰が引け、そうした説明から逃げた。そこで社会保障の充実という伝統的な課題と増税とを関連づけるという、平時の対応となってしまったのだ。
 政策的経費のうち、税収でまかなえない分を基礎的財政収支(プライマリーバランス)の赤字と呼ぶ。わが国では22兆円程度のこの赤字が今後も続く。EUの債務危機はイタリアにも及んだが、イタリアでさえプライマリーバランスは赤字ではなかったことは記憶されるべきである。
 消費税収で22兆円を一挙に埋めようと機械的な計算を行なうならば、およそ10%の税率の引き上げに相当する。本来ならば、ここのところを国民に説明し、とりあえず5%の引き上げで緊急的事態への対応をさせてほしいと言うべきだったのだ。
 一部にある法人税を引き上げればよいという案は、法人税収が10兆円を下回っており、かつ地方税を含む法人税率が40%を上回っている現状では、政府として言い出せるわけがない。韓国は24%台だし、シンガポールは17%にすぎない。そして東アジアの各地域への投資の拡大は、すでに奔流となりつつあるからだ。企業が逃げれば職場は減る。
 所得税をもっと取れ、という議論はありうるだろう。たとえば、キャピタルゲイン(株式の売買差益)に対する課税は本則20%だが今日では10%という税率の適用となっている。しかし、1日あたりの株式売買代金が1兆円を下回る異常な低さのもとで、証券会社のほとんどがリストラに追い込まれているときに、これを実施に移せるのか、という設問は重い。消費税率の引き上げでとりあえず緊急対応とするというのは、決して筋が悪い話ではない。政府がここに踏み出せば、市場は財政規律の確立にかける意思の堅固さを確認し、日本を狙撃の対象から外すだろう。もちろん緊急治療室から出られたからといって日本の将来に展望がすぐ開けるわけではないが、熟考の時間は与えられる。社会保障のあり方を考えるのは、この期間である。

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