5月8日、イラン西部アラク近郊で、国際原子力機関(IAEA)の査察官2人を乗せた車が交通事故に遭い、1人が死亡、もう1人が負傷した。死亡したのは韓国人、負傷したのはスロベニア人だった。韓国人査察官は元教育科学技術部所属の技官ソ・オクソク氏(58)。1998年からIAEAに勤務していた。
 報道を総合すると、2人はアラクにある実験用重水炉の査察に当たっていた。事故車はなぜか、道路を外れ横転した。テロ事件の可能性を示す兆候はこれまで見つかっておらず、単純な交通事故として片付けられた。
 IAEA査察官の仕事は危険を伴う。1978年には台湾の核施設査察中のフランス人査察官ピエール・ノアール氏が感電死する事件があった。当時台湾が核兵器開発を試行錯誤していたこともあり、死因を疑う向きもあった。
 イランの交通事故も核問題をめぐる国際的な協議を前にした微妙な時期に起きたため、IAEAに対する「報復か」とみる人もいる。

チェイニーがはまったのと同じ罠

5月22日、ウィーンの空港で記者団の取材に応じる天野氏 (C)AFP=時事
5月22日、ウィーンの空港で記者団の取材に応じる天野氏 (C)AFP=時事

 上記2件の出来事は単なる事故の可能性も十分あるが、陰謀論が渦巻くところがIAEAを取り巻く情勢の異常さを物語っている。  各国の国益と戦略、思惑が交錯する国連機関では各国の情報活動は日常茶飯事だ。  特に、核拡散の監視にも取り組む国連専門機関IAEAでは、インテリジェンスの攻防がさらに激しい。IAEAにも査察活動で蓄積された情報はあるが、各国の情報機関のような組織はなく、未知のインテリジェンスなどは加盟国から提供される。イランや北朝鮮などの核開発問題は関係諸国の安全保障にかかわり、場合によっては主要国の国内政治、選挙結果にまで影響を及ぼす。  その事務局トップに2009年12月、被爆国日本の外交官、天野之弥氏(65)が就任して、大きい期待感が高まっていた。  しかし現状では天野事務局長の実績が評価されているとは言い難い。リベラル系英紙ガーディアンはこの3月、「イラン問題で核監視機関のトップに親欧米との非難」との見出しの調査報道記事を掲載した。天野事務局長は昨年11月、イランの核兵器開発情報を詳しく記した報告書を公表したが、これは「親欧米的偏向」「未検証のインテリジェンスへの過度の依存」の結果だと同紙は批判したのだ。  欧米情報機関が「イラクが大量破壊兵器開発」と誤った評価をしたのと同じ失敗で、天野氏は「チェイニーの罠」に陥った、との米国の元IAEA幹部、ロバート・ケリー氏の談話も載せている。ケリー氏のほか、著名なOBたちまでが天野氏を厳しく批判している。  一体、IAEAで何が起きているのか。  内部告発サイト「ウィキリークス」が入手して公開した米外交機密文書から、問題のポイントをうかがい知ることができる。  天野氏は米国の駐ウィーン国際機関代表部大使に対して「すべての重要な戦略的決定において、自分は完全に米国側の考えと一致している」と自らの立場を明らかにした、とする米外交文書の内容は日本でも報道された。  実は、天野事務局長のことを記した米側電報は2009年7月7日、同10日、10月16日の3通ある。その中で最も注目すべきことは、天野氏と米代表部がIAEA内の微妙な人事問題についても詳細に打ち合わせていたことだ。

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