特製のへジャブで試合に臨んだシャハルハニ選手(c)時事
特製のへジャブで試合に臨んだシャハルハニ選手(c)時事

 スポーツは国際情勢を反映し、国際政治はスポーツを通してそれぞれの国の有りようを鮮やかにあぶりだす。ロンドン五輪でも興味深い光景が幾つかあったが、女子柔道にまつわる2つのエピソードを紹介したい。  大会7日目の8月3日、エクセルで行なわれた女子柔道78キロ超級の試合。サウジアラビア代表、ウォジダン・シャハルハニ選手(16)がサウジ柔道連盟の男性2人に付き添われて登場すると、大きな拍手が湧いた。  頭には髪を覆う特製のヘジャブ。ヘジャブというと通常はイスラム教徒の女性が髪を隠すためにかぶる大きなスカーフだが、今回は競技でずれないように頭にピッタリとフィットする水泳帽のような形にした。  相手は米自治領プエルトリコのメリッサ・モヒカ選手。両者一礼すると組み合った。「頑張れ」とシャハルハニ選手に声援が飛んだが、1分22秒、モヒカ選手に投げられ一本をとられた。退場するシャハルハニ選手に温かい拍手が送られ、ジャーナリストたちはコメントをとろうと後を追った。

「アラブの春」が後押しした女性の参加

 ロンドン大会は五輪史上、すべての参加国・地域が女性選手を派遣した初めての大会となった。国際オリンピック委員会(IOC)は1980年代になって、加盟国に女性選手を派遣するように呼びかけてきた。大会の度に国は増え、4年前の北京大会で女性選手を送らないのはサウジ、ブルネイ、カタールの3カ国だけになった。
 ロンドン大会に向けてIOCは3カ国に強く働きかけ、カタールは射撃など4種目に、ブルネイは陸上400メートルに、女性選手の派遣を決めた。しかし最も保守的なイスラム教ワッハーブ派を国教とするサウジは、今年3月、ナエフ皇太子(6月死去)が「女性選手の参加は不可能」と否定した。それが大会が近付き、最終的に柔道と陸上800メートルに、「宗教上の服装を尊重するなら」との条件で女性選手の参加を認めた。
 3カ国、特にサウジとカタールが女性選手の派遣を決めた背景には、昨年来の「アラブの春」がある。人権尊重、男女平等、民主化への中東の人々の意識の高まりによって、「イスラムの価値」を盾に拒むことはもはやできず、普遍的価値を受け入れざるを得なくなった。反体制派を武力で取り締まってきたカタールが、開会式の入場行進の旗手に女子射撃のバヒヤ・ハマド選手を起用したのも、内外への配慮が働いたのだろう。
 しかし家族か伴侶の男性が常に脇にいて、「女性は男性に保護される存在」「不特定多数の男性と場を同じくしない」という厳格なイスラム教の戒律の下に置かれているのがサウジの女性。本国ではアバヤと呼ばれる黒い布で全身を覆っている。それが男性観衆も大勢見守る中で、他の女性選手と体の線も出る柔道着で組み合うのは革命的なこと。これが社会進出を求めるサウジの女性たちにどのようなインパクトを与えるか注目される。
 ジャーナリストに囲まれたシャハルハニ選手は通訳を通じ、「観衆が応援してくれたのが大変嬉しかった」と緊張気味にコメント。サウジ柔道連盟会長は「ヘジャブはスポーツ競技に参加する障害とはならないことを示した」と語った。

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