インターネット選挙を阻む行政の解釈

執筆者:原英史2012年8月24日

「近いうちに解散」がいつなのかは、まだまだ見えてこない。それでも、足音の近付いてきた選挙を前に、永田町は急速にざわつき始めた印象だ。  そんな中、選挙制度改革法案(一票格差是正、定数削減が内容)の審議が進んでいる。自民党など野党は、民主党が自党案にこだわりを見せることに反発して、審議欠席。行方は不透明だが、少なくとも一票格差是正は、選挙前に措置することが不可欠な課題。これさえ合意形成ができないようでは、もはや国会の責任放棄に近いだろう。  関連して、本来ならば、選挙前に、もうひとつやっておくべき課題が、インターネット選挙の解禁だ。こちらも、長らく課題とされながら、一向に解決されていない。次の選挙もまた、インターネットでの情報発信は認められないのだろうか。  このテーマを「行政ウォッチングの部屋」で取り上げるのは、問題の出発点が、実は行政にあるからだ。  出発点は、1996年にさかのぼる。  当時、インターネットが急速に普及拡大する中で、新党さきがけ(当時)が、「インターネットでの選挙運動は認められるか」について、自治省(当時)への質問状を出した。 公職選挙法は、昭和25年に制定された法律で、「インターネットで選挙運動をやってはいけない」という明文規定があるわけではない。ただ、「文書図画の頒布」(第142条)、「文書図画の掲示」(第143条)などの規制があり、選挙期間中に配ることのできるハガキやビラの種類・枚数がすべて法定されている。それ以外の文書を勝手に配れば、公選法違反になる。 ここで、インターネット上でホームページなどを広く見られる状態におくことが、「文書図画の頒布・掲示」にあたると解釈する余地があるため、確認したわけだ。 これに対し、当時の自治省の回答は、 ・「パソコンのディスプレーに表示された文字等は、公職選挙法の『文書図画』に当たります。」 ・「パソコンのディスプレーに表示された文字等を一定の場所に掲げ、人に見えるようにすることは『掲示』に、不特定又は多数の方の利用を期待してインターネットのホームページを開設することは『頒布』にあたると解しております。」 ・「(ホームページ上の文面で)明確な投票依頼の文言がある場合はもちろん、選挙に立候補する旨、選挙区、選挙の公約等特定の選挙と結びつく記述をした場合においては、選挙運動と認定されるおそれが強いものと考えます。また、選挙と結びつく記述がない場合においても、選挙運動期間中に新たに公職の候補者の氏名を表示する場合には、公職選挙法第146条または第201条の13の規制を受けます。」 というものだった。 (参考)自治省への回答願いと回答は、江田五月氏のホームページに掲載されている。 http://www.eda-jp.com/pol/inet/situmon.html  これ以降、この自治省の回答が公式解釈となり、「インターネットでの選挙運動は、文書図画規制の適用を受け、違法」と扱われることが確定した。  選挙のたびに、候補者の政治家たちが、ホームページやブログの更新、ツイッターなどを停止し、政治家以外の一般人も、選挙がらみの発言を控えるようになっているのは、このためだ。  政治についての関心が最も高まる時期に、政治家たちが発信しなくなる・・・という、冷静に考えれば甚だ不合理なことが常態化している所以だ。  その後、98年には民主党がインターネット選挙運動解禁のための法案を提出。自民党も2005年以降、ネット選挙解禁の方針を明確にし、法案も提出してきたが、いまだ、国会での法案成立に至っていない。  民主党も自民党も、法案を出してはいるが、実は、インターネットより組織に強い大物議員たちは法案成立に後ろ向き、といった内情が背後にあるとも言われる。  ここで指摘しておきたいのは、出発点に戻って、この「解釈」の位置付けだ。  公職選挙法で「インターネット選挙運動が規制されている」というのは、法律の条文上明らか、というわけでは決してない。むしろ、かなり議論の余地ある解釈論というべきだ。  96年当時から指摘されていたことだが、 ・そもそも、パソコン上の表示が「文書図画」という用語に含まれるかどうかは、微妙。 ・さらに、公選法での規制の趣旨は、もともと、カネのかかる選挙(あるいは、財力のある候補者が、財力にまかせて膨大なビラを印刷するといったこと)の排除である。とすれば、コストがほとんどただのインターネットでの情報発信について、同じ規制が及ぶとあえて解釈する合理性も疑わしい。  こうした疑いの余地ある、役人の「解釈」に、15年以上もひきずられ、法改正もできないまま今日に至った、というのが実態だ。いまだ選挙のたび、ネットでの活動停止を強いられる国会議員たちの姿は、もはや滑稽だ。

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