おかしな個性

執筆者:成毛眞2004年10月号

 友人に夏の終わりにお化け屋敷で一杯と誘われた。銀座のはずれにあるビアレストランである。なんの変哲もない下町風西洋飲み屋で、満員の客が歩道に並べられたテーブルにまであふれかえっている。ビールが旨い。 ところが、つまみがとんでもないのだ。ポテトサラダも見た目は普通なのだが、べちゃべちゃの玉ねぎとみりんと化学調味料の味がする。ウスターソースでごまかそうにも、そのソースはハーブというより仁丹の味がする。次にでてきた枝豆は、海水で煮たとしか考えられない。メンチカツは化学調味料を主材料に、肉を風味付けに加えたという代物。いくらなんでもやりすぎだと思う。 驚くのはその不思議な料理を美味しそうに食べながら、ビールを飲み交わす客が大勢いるということだ。決して雰囲気も最高ではない。ビールも極上ではない。しかも、銀座の中心から十五分も歩かなければいけない店がごったがえしているのは、彼らがそこの食事を旨いと思っているからにほかならない。幼少期の食生活を懐かしんでいるからだろうか。 最近では、化学調味料を使わないことを宣伝文句にしているラーメン屋も多い。コンビニの弁当も自然の風味を訴求する時代だ。しかし、昔なじんだ化学調味料の味を忘れられない人たちもいるはずなのだ。美食家の目を盗むようにして、心ゆくまで昔の味を楽しめる店の需要がある。化学調味料好きという個性なのだ。

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