鉄の意志の女

執筆者:徳岡孝夫2013年5月8日

 元英首相マーガレット・サッチャーの葬儀は、ロンドン中心部のセントポール大聖堂で執行された。内外の要人2300人が参列し、エリザベス女王も出席した。

 女王が元宰相の葬儀に出た先例はロイド=ジョージ(1945年)とチャーチル(1965年)の2度だけである。前者は第1次世界大戦で、後者は第2次世界大戦で、いずれも英国の国運を担って戦った(そして勝った)功労者である。2人に比べると、サッチャーが1982年にアルゼンチンと戦って守りきったフォークランド諸島という戦場はいかにも小さい。

 

 しかしサッチャーが勝ったのは南大西洋の小島を賭けた戦争だけではなかった。はるかに大きい「東側」を相手にした、世界を二分する東西冷戦という戦争があった。

 互いに人類を何度も全滅させ得るほどの核兵器を持ち、中欧平原に戦車隊を展開し、今にも戦闘開始しようかと身構えていたソ連を屈服させ、東西冷戦を勝利のうちに収めた。それはサッチャーの殊勲以外の何物でもない。

 そのうえ首相としてのサッチャーの在位期間は長かった。1979年(ソ連がアフガニスタンに侵攻した年)に就任してから11年、異例の長期政権だった。

 彼女が辞任したとき、英国の幼い子どもたちは戸惑ったという。新聞が日ごと紙面にPremier Thatcher(サッチャー首相)と書きテレビのニュースもそう言うのを聞いて育ったから、Premierはアンやシャーリーと同じように女性のファーストネームだと思い込んでいたからだという。

記事全文を印刷するには、会員登録が必要になります。