国籍を持つとは、どういうことなのか――それが知りたくて、陳天璽さんは無国籍だった自分自身を題材にドキュメンタリーを撮り始めた。 一九七二年、日本は中華人民共和国と国交正常化すると同時に、中華民国(台湾)との外交関係を断絶。旧満州出身で、台湾を経て来日していた陳さんの父は、日本との戦争の記憶や中国共産党とのイデオロギーの違いから、日本に帰化せず中国国籍もとらない「無国籍」という選択をした。横浜生れで当時一歳だった陳天璽さんも、両親や兄姉と共に無国籍となった。 二十一歳の時、台湾のパスポートを持って台湾を訪れようとしたが、「戸籍登録がないためビザが必要」として入国を拒否され、戻ってきた日本では「再入国許可の期限切れ」で入国できず「どこにも入国できない」状態に陥ったことがある。「あの頃は、何人かと聞かれるのが嫌だった。自分でも無国籍であることにコンプレックスがあって問題を直視できなかった。触れられたくない気持ちで一杯でした」と当時を振り返る。 生まれ育った国、親の故郷、祖国と思う国、そのどれにも帰属できない自分は何者かという悩みから少し自由になれたのは、アメリカ留学中のことだった。さまざまな背景の人と語り合ううち、「日本生れの華僑」という自らのアイデンティティが輪郭を取り始めた。それからは「無国籍」という事実を客観視し、探求しようという知的好奇心が湧いてきた。

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