ベトナムの“戦後”は終わった

執筆者:鈴木真2005年4月号

サイゴン陥落、戦争終結から三十年。今や人口の七〇%を三十五歳以下が占める「若い国」に変化の大波が押し寄せている。[ホーチミン市発]ブー・ティ・ロイさん(七三)は今でも三十年前のあの日のことを鮮明に覚えている。一九七五年四月二十九日の午後二時頃。ロイさんが家政婦をしていたサイゴン(現ホーチミン市)中心部のアパートの屋上に一機のヘリコプターが轟音とともに飛来した。「まさかヘリコプターが飛んできて、屋上から人を運び出すなんて」。ロイさんの雇い主は米政府の高官で、そのアパートの屋上が米国に協力したベトナム人の緊急脱出用のヘリポートとして使われたのだ。 米国が威信にかけて守ろうとしたベトナム共和国(南ベトナム)の首都サイゴンはその翌日、解放勢力の手に落ち、十五年に及んだベトナム戦争が終わった。屋上の小さな建屋にとまったヘリに乗り込もうと脱出者が蟻のようにはしごに群がる姿は望遠レンズにとらえられ、特ダネ写真として世界中に配信され、米国の敗北の鮮烈なイメージを人々の目に焼き付けた。 ザーロン通り二十二番地からリー・トゥ・チョン通り二十二番地へと住居表示の変わったそのビルの屋上に上った。約五百メートル先、威容を誇った米大使館は取り壊され、今は米総領事館の低層の建物群が木立の中に点在している。ビルの周辺には二十階ほどの高層ビルが次々に建った。今となってはこのビルの屋上からの脱出も容易ではないだろう。

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