二月十四日にハリーリー前首相が爆殺され、レバノン社会に走る亀裂が急速に表面化した。反シリア感情が高まり異例の自発的な反政府・反シリアデモが湧き起こるなか、二月二十八日にカラーミ首相は内閣総辞職を発表した。 直接の発端は二〇〇四年九月に親シリアのラフード大統領の続投を可能にする憲法改正が、シリアの意向を受けてレバノン国会で強行されたことにある。これに対してレバノン駐留シリア軍の撤退と民兵組織――事実上はイスラーム教シーア派組織ヒズブッラー(ヒズボラ)――の解体を要求する国連安保理決議一五五九が、米仏主導で採択され、呼応した閣僚の辞任に続き、十月にハリーリー自身が首相を辞していた。 レバノン情勢の流動化は国家の特異な成り立ちに基づく根本的な対立に由来する。イスラエルが世界のユダヤ人の「ナショナル・ホーム」であれば、レバノン共和国は地中海東・南部のアラブ人キリスト教徒にとっての「ナショナル・ホーム」として画定されたと言ってもいい。イスラーム教を支配宗教とするアラブ世界において、キリスト教徒は中世に宗教的価値において劣位とされ、政治的な制約下で生活してきた。アラブのキリスト教徒が宗教・政治的権利を十全に行使できる唯一の国として、レバノン共和国は設計された。

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