文人宰相として知られた故大平正芳元首相はしばしば後輩の政治家たちに、「大国を治むるは小鮮を烹るがごとし」と語って聞かせたという。政治は小魚を煮るようなもので、丁寧に辛抱強く事を進めなければいけない。先を急いで勢いよく鍋をかき回せば形が崩れて台無しになってしまう。老子の戒めの言葉だった。 小泉純一郎首相は長らく盟友関係にあった加藤紘一元自民党幹事長から何度となくこの言葉を聞かされてきた。大平元首相の愛弟子である加藤氏と、大平元首相のライバルだった故福田赳夫元首相を政治の師とあおぐ首相が、山崎拓元自民党幹事長を含めたYKKトリオで夜な夜な政治談議に花を咲かせていた頃の話である。 だが内閣発足以来四年、首相はある種の確信を持ってこの格言を無視し続けてきた。自民党内の合意形成を静かに見守るのは百年河清をまつようなもの。国民が期待する改革を断行するにはトップダウンで推し進める以外にない。そうしなければ小泉内閣は国民から見放され、自民党もいずれ政権与党の座を追われる。「大変革期にそんな悠長なことは言っていられない」という思いだった。 その首相が、宗旨変えしたかのように自民党という鍋をかき回す手を完全に休めたのは二月中旬のこと。二月十日の実務者協議で竹中平蔵郵政民営化担当相が示した修正案で急転直下、決着するかに見えた郵政民営化法案の党内調整が、反対派の強い抵抗に遭い難航したからだった。

記事全文を印刷するには、会員登録が必要になります。