日本外交の罠

執筆者:2005年6月号

 初めてその人物に会ったとき、正直、驚かざるを得なかった。もらった名刺には「三等書記官」とあった。二等書記官には何人にも会ったが、三等書記官とそれまでに会ったことがあるかどうか記憶も定かではない。驚いたのはそんなことではなく、この人物の口から出る話が、これまで聞いたことのない、しかも絶対にこれは真実だと思わせるような説得力のある話だったからである。ところはモスクワ。たぶん、十五年ほど前のことだったように思う。 その人物の名前は佐藤優氏。鈴木宗男元代議士とともに対露外交で勇名をはせたノンキャリアの外交官である。背任・偽計業務妨害の罪で懲役二年六月執行猶予四年の東京地裁判決を受けた。その佐藤氏が著した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)という書物を読んだ。モスクワで会ったときの熱っぽく語る彼の表情はいまだ忘れられない。情報業務にたずさわる人たち特有の目の鋭さと、どこかで鋭い爪を隠した鷹のような怖さを感じさせる人物だった。 のちに彼をニュースソースにしてスクープを連発した新聞記者が何人かいるという話を聞いた。さもありなんと思った。日本外務省の通常の情報収集では絶対に入手できないような生々しい話を佐藤氏から聞いた。のちに彼の話が真実であることがことごとく証明されるのだが、日本外務省にそうした機密情報が入っているのかどうか怪しいと感じたので、当時の外務省幹部に彼の話をした。案の定、そういう人物がいることさえ、この幹部は知らなかった。

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