ローマ法王の葬儀で交わされた「握手」

執筆者:西川恵2005年6月号

「世界の首脳たちにとり、ひと時の外交デタント(緊張緩和)だった」と英タイムズ紙は書いた。ローマ法王ヨハネ・パウロ二世の葬儀のことである。 冷戦崩壊の陰の立役者であり、諸宗教の対話を主導し、死ぬ間際まで人権と平和の尊さを訴え続け、現代史に大きな足跡を残した同法王の葬儀には、世界の百を超える国が首脳レベルの代表を送り込んだ。 錚々たる顔ぶれの代表団を編成した国も少なくなかった。米国はブッシュ大統領、クリントン、ブッシュの前元大統領、ライス国務長官の四人。法王の祖国ポーランドはクワシニエフスキ大統領、元自主管理労組「連帯」議長で新生ポーランドのワレサ初代大統領ら四人。英国はチャールズ皇太子、ブレア首相ら四人。 主要国で誰も送らなかったのは中国だけだった。中国政府はバチカンと外交関係を持つ台湾の陳水扁総統の出席を阻止すべく、イタリア政府にビザを発給しないよう圧力をかけた。バチカンに行くにはローマ空港を利用しなければならないからだ。しかし伊政府は拒否した。 台湾にとって大きな外交的勝利だった。台湾は二十五カ国と外交関係を持つが、多くがアフリカ、中米の小国。欧州ではバチカンだけで、欧米に大きな影響力を持つバチカンの重要性は計り知れない。二〇〇三年、法王在位二十五周年のとき、陳総統の呉淑珍夫人が法王に謁見を果たしたが、その年の「最大の外交成果」とされたほどだった。

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