現在の日中関係を40年前の名著で読み解く

執筆者:伊奈久喜2005年6月号

『国際政治』高坂正堯著中公新書 1966年刊 安全保障に関する本を一冊選んで議論せよとの課題を与えられ、どの本を採り上げるか考えた。時代を経てなお読む価値があり、かつわかりやすい本の紹介がこのページの狙いだとすれば、高坂正堯著『国際政治』は、日本人の筆になるこの分野の書物としては最もふさわしい一冊だろう。 高坂氏が亡くなったのは一九九六年五月十五日である。ちょうど九年になる。生前はテレビにもしばしば出演し、思い切った発言をおだやかな京都弁で包み込むようにされていた。いまの若者たちはそれを知らない。であればこそ、いま氏の著作を紹介する作業には意味がある。世界にとって冷戦後のユーフォリア(陶酔感)は遠い昔となり、権力政治の再現が感じられる時となればなおさらである。 高坂氏は京都学派の哲学者だった高坂正顕氏の次男である。ハーバード大学から帰ったばかりの高坂氏は『中央公論』一九六三年新年号の巻頭論文「現実主義者の平和論」で論壇に登場する。当時『中央公論』のデスクで戦後の伝説的編集者といわれる粕谷一希氏の勧めだった。論壇を支配していた空想的な議論に対する挑戦だった。 いま振り返り、田中明彦氏をはじめ広い意味で氏に連なる人たちの影響力を考えれば、勝敗は明らかである。デビュー三年後に書かれた本書は、初期の高坂氏の考えが包括的に述べられている点で重要である。

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