中華人民帝国に遠慮する人々

執筆者:徳岡孝夫2005年8月号

 ひょっとすると一度このページに書いた話かもしれない。私のコラムは始まって十五年になるから、いわゆる「老いの繰り言」があるかもしれない。 まもなく八月十五日が来て、小泉首相は「適切な判断」のうえで靖国神社に参拝するかもしれない。マス・メディアは手に汗握っている。そういうときに、これは古い記憶の中から浮かんできた話である。 文芸評論の佐伯彰一氏が、先日の新聞に「サイゴンが陥落した日、私は北京にいた」と書いていた。私は時候の挨拶を兼ね「あの日に人民大会堂で中華料理を食べておられたとは羨ましい。私は南シナ海の米第七艦隊の旗艦上で脱水症状になり、苦労していました」と葉書を出した。 佐伯氏の北京行は『新唐詩選』の吉川幸次郎を団長とする文化人の訪中団だった。曾野綾子さんなどもいて、ちょっと異色の団体だったという。 北京での日程の間に某新聞社の北京特派員が来て、ベトナム戦争終結をどう思うかと質問した。そのとき一行の誰かがチラと勝者を皮肉るようなことを言ってしまい、日本に帰ったらそれが「問題発言」として新聞紙上にデカデカと出ていた、というのである。不用意な発言を引っ掛けて大問題にする、二流記者のよく使う手である。

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