人が憎悪によって動くこわいこわい文化革命

執筆者:徳岡孝夫2005年9月号

 オランダの映画監督で、かのヴィンセント・バン・ゴッホの弟で画商だったテオが曾祖父に当たるというテオ・バン・ゴッホが殺された。去年十一月のことである。 アムステルダムの朝のラッシュの中を、テオは自転車で走っていた。一人の男が彼を呼び止め、ナイフを取り出して刺した。テオが死ぬまで何度も何度も刺し、ゆっくりと現場を立ち去った。後に警官隊との撃ち合いのすえ捕まった。ムハンマド・ブイエリ(二七)というオランダに生まれ育ったモロッコ人で、イスラム原理主義者だった。先日、オランダの法廷で終身刑の判決を受けた。死刑がないかわり、オランダの終身刑は掛け値なしである。ただいま服役者十六人。釈放された者は六十年間にたった二人だそうである。 殺されたテオは、イスラム教の厳しい批判者だった。殺される二カ月前に彼の撮った「服従」という作品がオランダのテレビに出た。イスラム世界の女性虐待を告発する映画だったという。 私は偶然ブイエリの論告求刑と判決の記事を、向こうの新聞で見た。終身刑が求刑された日、ブイエリは傍聴席にテオの母アンネケ・バン・ゴッホがいるのを認め、話しかけたと書いてある。「私にはあんたの悲しみが判らない。気の毒だとも思わない。あんたは神を信じない人だろうから、私は全く感情を持てないのだ」

記事全文を印刷するには、会員登録が必要になります。