ドン・ジョバンニの不敵な旋律

執筆者:大野ゆり子2005年10月号

 女性を次々と誘惑する、いわゆる女たらしが、その放蕩な人生のゆえに罰を受け、地獄に落とされたという話が、セビリアのある修道院で代々伝わっていた。神を畏れぬことへの劫罰の恐ろしさを説こうと、スペインの僧が反宗教改革の時代にこの伝説を劇にしたのが「ドン・ファン」劇の始まりである。 勧善懲悪のために誕生したはずだった「ドン・ファン」は、むしろその悪の部分ゆえに人を惹き付け、スペインの旅回りの一座によって、イタリア、フランスでも名声を高めることになった。ドン・ファンはフランスではモリエール劇の主人公となり、ドイツではゲーテの「ファウスト」に変装し、その後もE. T. A. ホフマン、プーシキン、トルストイらによって、何度地獄に落ちても不敵に蘇り、今日まで語り継がれている。 しかし、何といってもこの主人公を不朽の英雄にしたのは、ダ・ポンテが台本を手がけ、モーツァルトが作曲したオペラ「ドン・ジョバンニ」であろう。オペラはドン・ジョバンニが顔を隠し、友人の婚約者である美しいドンナ・アンナを誘惑しに寝室に忍び込んだところから始まる。助けを求める娘の声に気づき、父親は正体不明の侵入者に決闘を挑む。若いドン・ジョバンニに敵うはずもなく、父親は負けて殺されてしまう。

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