八〇年代の爆発的な感染増加を、国を挙げて沈静化したタイ。だが、いま再び感染率上昇の気配が――[バンコク発]車の波が続くバンコクきっての目抜き通り、スクムビットから歩いて二、三分入った閑静な一角に一風変わったレストランがある。カレーやトムヤムクンといった正統派のタイ料理を出す店なのだが、店内の壁のあちこちに、いろいろな国のコンドームの箱や実物が飾ってある。食事が終わって支払いをすると、お釣りと一緒に客の人数分のコンドームがついてくる。 店の名は「キャベッジズ・アンド・コンドームズ」。反エイズ・キャンペーンなどの社会運動家として知られるミチャイ・ウィラワイディア上院議員が資金集めのため二十一年前に開いたレストランである。キャベツと同じようにコンドームも身近なありふれた存在にしたい。そんな願いが店名に込められている。 店はここだけで三百五十席を擁するまでに拡大、ほかにタイ国内に十の同名の店がある。十二月には京都市内にも店を出す。米国でも出店を計画するなど事業はますます隆盛のようだが、タイのエイズ事情に話が及ぶとミチャイ氏は機嫌が悪くなる。「タイは当初の成功に慢心してしまった。政府はエイズの啓発活動をやらない。タイにはまだエイズはあるの? と、子供から聞かれる有様だ」。長い「冬眠」(ミチャイ氏)が続く間に、コンドーム使用の意識は薄れ、若者の間ではHIV(ヒト免疫不全ウイルス)への感染が拡大している。そうした現状に、「ミスター・コンドーム」の異名をとるミチャイ氏は怒りを募らす。

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