日本再発見の旅

執筆者:大野ゆり子2005年11月号

 この原稿を執筆している現在、ベルギー王立歌劇場の引越し公演のために来日している。公演スタッフのほか、ベルギーの取材陣、後援会などを含めると総勢二百名ほど。大半の人にとっては今回が初来日なので、何もかもがもの珍しく、こちらも新鮮な眼差しで日本を見直す機会に恵まれている。 大人数で動くと、ハプニングはつきものである。以前、東欧のオーケストラの初来日ツアーを行なったときは、ある団員が本番用のズボンを洗濯に出したまま忘れて来てしまった。象さんのような体つきの彼は成田空港でしょんぼりと肩を落とし、自分のサイズが記入してあるズボンのイラストを申し訳なさそうに私に渡した。「黒いズボンなんて、日本にはいくらでもあるから」と慰めて軽く請け負ったのだが、甘かった。当てにしていた都心の百貨店には3Lのサイズまでしか在庫がない。取り寄せたら一週間はかかり、翌日のコンサートに間に合わすのは無理である。問い合わせた七件目の百貨店の紳士服担当者が「そのサイズなら両国をあたったら」と言って下さったのが、一筋の光明となった。 しかし、ハローダイヤルで聞いたお相撲さんの洋服店に電話するも、折悪しく、その日は定休日の日曜で返事がない。こうなったら行ってしまった方が早いと思い、両国ですれ違うお相撲さん一人ひとりに、私服をどこで買うか聞いて回ったところ、ほとんどの人が近くの洋品店を教えてくれた。定休日だったのにもかかわらず、店の裏に住む初老のご夫婦が特別に店を開け、親切に応対して下さった。お相撲さんはなぜか、派手な柄や縞模様が好きらしく、シンプルな黒いズボンは、よりによって箪笥の奥底に埋もれていたが、お店のご主人は労も厭わず出して、お茶までご馳走して下さった。ヨーロッパでは日曜日に店を開けてもらうどころか、閉店時間を延ばしてもらうのも一苦労のところだ。

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