情けは人のためならず

執筆者:徳岡孝夫2013年12月10日

 新聞社の特派員として私がバンコクに駐在していたときの話である。1960年代の後半。土曜日の午後、われわれ外国人特派員は、サマセット・モームゆかりのオリエンタル・ホテルが提供した客室「記者クラブ」に集り、悠揚たるチャオプラヤ川を眺めながら夕方までを飲んで過した。それは情報交換の場でもあった。

 英語を喋れるタイ人記者も来た。かなり酒が回った日のこと、タイ記者の1人が私に質問した。

「日本人は賢い民族だ。テープレコーダーでも何でも、最高のものを作る。それなのになぜ、風が吹いただけで人が何人も死ぬんだ」

 

 私は即答できなかった。結局「台風を食らったことがない者には分からんよ」としか答え様がなかった。

 バンコクには、台風がまず来ない。地震もない。ただ雨季には、向こうから雨のカタマリが近付いて来るのが見えるだけである。

 11月にフィリピン、レイテ島あたりを襲った台風30号の凄まじさ。ジェーン台風(1950年)その他の台風体験のある私にも、瞬間風速90メートルという風は、理解できなかった。

 11月末で死者5632人、行方不明1759人。見渡す限り倒れた家々。その瓦礫の映像。あれでは、誰かが行って助けなければどうにもならんわと思った。

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