「最後の親密なる晩餐」とフランスの日刊紙は表現した。十月十四日夜、フランスのシラク大統領は退任間近いシュレーダー独首相をエリゼ宮に招き、最後の会食をもった。 一応はワーキングディナーと位置づけられ、夕食会に先立ち会談が行なわれたが、退任するシュレーダー首相が新たな約束をしたり、政治的イニシアチブをとれるわけでもない。会談は形だけのもので、シラク大統領としては食事をとりながら、首相の七年間の労をねぎらいたいとの思いがあったのだろう。 シラク大統領はどんな料理でシュレーダー首相をもてなしたのか。私の問いにエリゼ宮の担当者は「海の幸の盛り合わせです」と言った。それは前菜?「いえこれだけです」。これには私もビックリした。 海の幸の盛り合わせは、細かく砕いた氷の上に新鮮な生牡蛎や貝類、ゆでたカニ、エビを盛り、大きなお盆に乗せてサービスする秋から冬にかけてのフランスの名物料理。ただフランスではこれは前菜であり、主菜は別に出るのが普通だ。それがこの夜は、海の幸の盛り合わせだけを両首脳はじっくり堪能する趣向がとられた。シュレーダー首相の大好物とはいえ、エリゼ宮としては極めて珍しい。「儀式ばらない会食にしたいとの大統領の意向です。異例な食事会? そんなことはありません。両首脳の仲では不思議なことではありません」。もしかしてドイツ側から「軽くして欲しい」という希望があったのかも知れない。いずれにせよ、ジャック、ゲアハルトとファーストネームを呼び合いながら、両首脳が潮の香りがする牡蛎の身をすすり、細長い楊子のような器具でカニの身をかき出す様子が目に浮かんでくる。

記事全文を印刷するには、会員登録が必要になります。