12月17日、中央追悼大会の後の錦繍山太陽宮殿訪問。金慶喜氏の姿はなかった (C)EPA=時事
12月17日、中央追悼大会の後の錦繍山太陽宮殿訪問。金慶喜氏の姿はなかった (C)EPA=時事

 12月17日は金正日(キム・ジョンイル)総書記の命日だったが、北朝鮮の追悼行事は昨年の死亡1周年の時とは異なったものになった。昨年は前日に追悼中央大会が開かれ、当日には錦繍山太陽宮殿参拝と金正恩(キム・ジョンウン)第1書記への忠誠を誓う軍の決意大会が開かれた。今年は前日の16日に軍の忠誠大会が開かれ、17日に中央追悼大会が開かれ、その後に錦繍山太陽宮殿訪問が行なわれた。

 金日成(キム・イルソン)主席の死亡の時も1周年の中央追悼大会は命日の前日に、2周年では命日当日に開いており、このやり方を踏襲したとみられる。

 昨年の死亡1年では、直前の12月12日に人工衛星「光明星3号2号機」の打ち上げが成功し、金正日総書記の遺訓を貫徹したという興奮の余波の中で追悼行事が行なわれた。しかし、今年は12月8日の党政治局拡大会議での張成沢(チャン・ソンテク)氏の粛清、同12日の死刑判決と処刑という衝撃の直後に追悼行事が行なわれた。

 12月17日に平壌体育館で開催された金正日総書記死去2年にあたっての中央追悼大会は、張成沢氏粛清後の北朝鮮指導部の姿や今後の政治潮流を確認する場であった。

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