ロンドンの中心地からリッチモンド行きの地下鉄に乗り、揺られること四十分。終点のひとつ手前で下車すると、キュー・ガーデンズ駅だ。テムズ川の上流にあたり、ヒースロー国際空港からさほど遠くない。ひなびた小さな駅舎からは想像もつかないが、この周辺には英国が世界に誇る二つの施設がある。そのいずれもが、テムズ川の右岸に位置している。 ひとつが国立公文書館で、英国が関わった外交や戦争をめぐる膨大な機密文書を保管している。日本をはじめ世界中の研究者が、新しい歴史を発見するために機密文書と格闘する場だ。 もうひとつが、王立植物園キュー。ヒースロー空港を目指す旅客機から見下ろすと、ロンドン市内を通り過ぎてテムズ川沿いに広大な公園が視界に入り、総ガラス張りの建物が三棟確認できるはずだ。これらの建物こそが、英国が世界に誇る熱帯植物園である。 ひときわ目立つのが、世界中の熱帯植物を採取して展示した巨大な温室で、十九世紀半ばにその一部が完成している。熱帯植物の採取が増えるにつれて、温室も徐々に拡張されて現在の姿になった。 これらの温室を観賞用として眺めれば、英国式庭園や田園都市を豊かにするインフラとして楽しむこともできるが、じつはここには英国式植民地統治の原点が隠されている。三棟のうち、通用門から最も近い場所にパーム・ハウスと呼ばれる温室がある。世界中の熱帯地方からパーム(椰子)を採取しただけあって、まさにパーム・ハウスだ。この温室に天然ゴムの木が植えられている。ここのゴムの木は、もともと原産地ブラジルから「密輸」されたものである。しかもご禁制の品であった。

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