「助け」を待つ心理

執筆者:徳岡孝夫2014年6月6日

 あと10カ月経てば、私が人生で2度目に体験した「敗戦」から40年になる。そういう昔の話だが、いま地球上に生きている人間で1度ならず2度も負けた経験のある人は、ちょっと珍しいのではないかと私は思っている。

 

 最初の敗戦は、鉄道省大阪用品庫総務課のラジオの前に立って、玉音を聞いた。

 2度目は1975年4月30日、もう午前零時を過ぎていただろう。米第7艦隊旗艦ブルーリッジの暗い飛行甲板に立って、私は見た。サイゴンから来て最後に着艦した米海兵隊ヘリからベトナム駐在米大使が、畳んだ星条旗を両手に捧げて降りて来た。私は小声で「Vサインはしないのかな」と言ったが、居合わせた4、5人の外国人記者は誰ひとりそのジョークに反応しなかった。敗戦は厳粛なものであり、それは沈黙によってしか表現できなかった。

 

 米国を泥沼に引っ張り込んだベトナムの戦闘は、1973年1月のパリ和平協定によってケリがつき、同年3月に米軍はベトナムから撤退を完了していた。

 北緯17度線以南の戦場に残ったのは、ベトナム共和国軍と北ベトナム軍である。日本の「進歩的」な新聞や言論人は後者の存在を否定し、それはすべてベトコン(民族解放戦線)であり、ベトコンは人民の海を泳ぐ魚だと言い張った。

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